鳩は1896年アテネから登場
ファンファーレが鳴り響き、聖火が灯され、鳩の大群が一斉に飛び立つ。
五輪の開会式でおなじみとなった鳩は、1896年に開催された第1回アテネ大会から登場した。オリンピック憲章の開会式の項にも「聖火への点火につづいて、平和を象徴する鳩が解き放たれる」との文言が明記され、第1回大会では1000羽、1964年の東京大会では8000羽の鳩が空を舞った。
その鳩が不幸に見舞われたのは、1988年のソウル大会でのこと。
開会式の最大の見せ場だった聖火点灯で、直前に放たれた鳩が巻き込まれて焼け死ぬというアクシデントが起きた。
平和の象徴が犠牲になるシーンは全世界に生中継され、議論を巻き起こした。その後も、動物愛護の観点から問題提起されるようになり、オリンピック憲章2004年版からは鳩に関する記述が削除された。
近年は実際の鳩を飛ばさずに、1998年の長野大会のように鳩を模した風船を空に放ったり、2012年のロンドン大会では鳩をモチーフにしたコスチュームの人々が自転車に乗って競技場内を周回したりなど、歴史を重んじつつ、鳩を不幸にしない工夫をする大会が増えている。
OLYMPIC CHANNEL公式=1896年アテネ五輪のVTR
雪深いアルプス山中で行われた
1948年のサンモリッツ大会は、第2次世界大戦後初となる冬季五輪。
敗戦国の日本は出場できなかったが、開会式も各競技も、スイスアルプスに位置する雪深い小さな山村、サン・モンリッツで行われた。
同大会には、28カ国から約700人が出場。当時は大戦の爪痕が欧州全体に色濃く残っていた頃で、選手たちは自国を離れることも、大会に出ることもままならなかった。
出場できてもスポーツ用具の不足という問題があり、ノルウェーのスキー選手が、米国代表チームからスキー板を借りるなど、各国の友好関係が大会を成功に導いた。
同大会は「再生の大会」とも呼ばれている。
OLYMPIC CHANNEL公式=1948年サンモリッツ五輪開会式のVTR
ブルーインパルスが奇跡の五輪を描いた
日本の飛行技術の高さを世界に見せつけた。
1964年の東京大会では、航空自衛隊の「ブルーインパルス」が驚異のアクロバット飛行を披露。5機のF86戦闘機が、東京・国立競技場の上空3000メートルで、機体の後尾から青、黄、黒、緑、赤色のスモークをはき出し、鮮やかな五輪のマークを描いた。
輪の直径は1800メートル、東西およそ7キロにわたっていたとされる。
5機が一定の間隔で円を描く飛行は極めて難しく、その模様は世界に中継されて、大きな感動を呼んだ。実は、本番まで一度も五輪マークを美しく描くことに成功していなかったのだが、ぶっつけ本番の賭けに成功した。
ブルーインパルスは東京五輪のほか、大阪万博の開会式では「EXPO‘70」の文字を大空に描くなど、F86引退までの21年間に545回の展示飛行を行った。
OLYMPIC CHANNEL公式=1964年東京五輪開会式のVTR
五輪が四輪になったけど…
2014年のソチ大会では、五輪が“四輪”になった。
開会式では、スタジアムの天井からつるされた巨大な5つの雪の結晶がだんだんと輪になり、五輪マークになるという演出が行われたのだが、1つだけ輪が開かず、結晶のまま残ってしまうというハプニングが発生した。
この失敗を失敗で終わらせなかったのが、ロシアのすごいところ。
同大会の閉会式では、銀色の衣装をまとったダンサーたちが、まずは人文字で四輪を形成。輪がひとつ開かないという演出で、会場を埋め尽くした観客の笑いを誘ってから、最後の輪を開いて「五輪」にするという、開会式のハプニングを逆手に取った粋な演出を見せたのだ。
閉会式のエグゼクティブプロデューサーは、ロイター通信の取材に対し「開会式も素晴らしかったが、閉会式では遊び心あふれる、ロシアの別の一面を見せた」と語っている。
(mimiyori編集部)
OLYMPIC CHANNEL公式=2014年ソチ五輪開会式のVTR