【連載「生きる理由」27】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「練習の真髄」とは 前編

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2021年7月13日のQUINTET後楽園ホール大会で団体優勝を飾った内柴正人氏

(撮影:丸井 乙生)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働き、21年7月の寝技による格闘技大会「QUINTET」(後楽園ホール)では軽量級の団体優勝を果たした。

 

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「柔道を指導する思い」前編。

前回までは、練習の本質から離れた「投げられることへの恐れ」は不要であることについてつづった。今回は、求められて柔道の指導に当たるようになった今、改めて感じている〝練習の真髄〟について。

 

 

習ったことに〝知らんぷり〟するのはもったいない

「掛けつぶれ柔道」や「切る切る柔道」など、これまでいろんな柔道を見てきた結果、僕は「教えるなら不器用で男らしい柔道なら教えるよ」という気持ちでいます。

もし、仕事として柔道を教えるなら、生徒から「先生から習ったこと内容には知らんぷり」されていても、いいのかもしれません。 

もともと、チャンピオンの先生の柔道なんて、アドバイスを聞いたからといって、そんな簡単にできるものではありません。 

ほかのチャンピオンのように、指導者として立場もポジションもあって、柔道だけでメシを食っている先生がアドバイスするなら、仮に一部の学生が知らんぷりしたとしても、選手はほかにもたくさんいるでしょうし、方針なんてつくらなくても、強い人がただ集まって、ただ練習しているだけでレベルは上がっていくものです。

そうなると、先生は何にもしなくてもいい感じになります。 

 

本当に必要なことだけを教える

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勤務先の温浴施設にはホテルも併設しており、その部屋のリフォームも内柴氏が自分の手で行っている

(写真:本人提供)

僕は今、一般人。お風呂屋さんで働いている一般人。柔道に詳しい一般人。

柔道でメシは食えませんから、普通の生活をしている僕は常に時間がない。何カ月もまともな休みがなかった状態で、1日の時間が24時間では足りないのです。 

その状態で伝える柔道の指導やアドバイスは絶対に使えるものしか教えないし、勝てるものだけを教える時間しかありません。

教えた内容を学生たちが知らんぷりするなら、僕が教える必要はないと思っています。 

今は、習う側の生徒たちがまじめな生徒たちなので本当に救われますし、彼らが、〝その場だけの〟まじめな選手ではないことを祈っています。 

 

「自分に合わない」とは?

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求められて柔道の指導を行うこともある(写真:本人提供)

この先、休みができてフラッと練習をしに行ったり、見に行ったりした時に分かるんです。

習うだけでやっていないのか、習ったことをやってるのか。

もっと簡単に言えば、「心を込めてやり続ければ、熊本にいても日本一くらいにはなれます」。 

アドバイス、指導をされた時に、このような言葉を口にする人がいます。

「それは自分の柔道に合わない」

恥ずかしい話なのですが、これは柔道している人の中でも、かなりの人数が言います。これは10年前もそうだし、20年前も同じ。

 そして、この言葉を高校生や大学生が言うから面白いのです。たった数年のキャリアで自分の柔道スタイルを固めてしまっている。とても、もったいないことだと思います。

 

今の僕は、この自分の教えにより柔術、グラップリング新しい競技にどんどん挑んでます。
2回目のクインテットはまだまだ素人レベルではありますが、1回目のクインテットよりもできることを増やそうと試みてきました。

結局、2引き分けで終わった試合ですが、次こそは今、練習している決め技を成功させたいと思います。


押忍

(内柴正人=この項つづく) 

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に60キロ級で全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

 

 

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