【連載「生きる理由」29】柔道金メダリスト・内柴正人氏~東京2020大会 前編

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2004年北京五輪の柔道男子66キロ級で金メダルを決めた瞬間の内柴正人氏

(写真:AFP/アフロ)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働き、21年7月の寝技による格闘技大会「QUINTET」(後楽園ホール)では軽量級の団体優勝を果たした。

 

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「東京2020大会」前編。2021年7月23日の開会式、08年北京大会後から数えて初めてテレビでオリンピックを見て感じたことについて。

 

柔道日本代表の活躍を陰ながら応援している思いについては、後日掲載します。

 

 

自分が出ていないオリンピックを見るのは初めて

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現在の職場である温浴施設(写真:本人提供)

さて、オリンピック。きょう(7月23日)、僕は開会式が始まるのを待っています。職場の事務所で。

自分が出ていないオリンピックをこうやって見るのは初めてなんです。前々回は拘置所。前回は刑務所。ようやくシャバで見ることができます。 

今回のオリンピックは、とてもいろいろとトラブル続きです。辞任、解任…。選手村も設備がどうこう言われてますね。でも、僕が知っている限り、過去の大会で選手村のマンションタイプの部屋は、どちら(04年アテネ、08年北京大会)も完成していなかった。 

シャワーの先がホースだったり、湯船がなかったり。でも、試合前にわざわざ言わないですよね。あるものはありがたく、ないものはないなりに過ごして試合に合わせる。そんなもんかなって思います。2週間くらいしか行われない大会。住むところなんて適当でいいんです。

 

もしも開催されていなかったら

これを書いている今は、開会式前。テレビにはスタジアムが映し出されています。

元競技者として今の世の中を考えてみると、僕がいろいろとあって、それでも柔道のコーチか何かをしている立場であれば、是が非でもオリンピックは行われないと困ります。 

強い子も弱い子もオリンピックを基準として、叶う子は高い目標へ、絶対に叶わない子でもそれを基準とした人生の目標設定をさせます。だから、オリンピックがないってことは、すべての柔道選手の目標を作り出しづらくなるんです。

 

お風呂屋さんの立場で見るオリンピック

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「正直、見ない」とは思っていたものの、いざ始まると、陰ながら柔道日本代表をテレビで応援していた

(写真:本人提供)

続きまして、僕は今、風呂屋。風呂屋としてのオリンピック。

その立場で考えると正直、見ないと思う。商売相手のお客さんは柔道の生徒でもなければ、ゆっくり風呂に入れればいい。オリンピックがなくたって、風呂に入るんです。 

世の中をぶっ壊した感染症が風呂屋に及ぼした影響はといえば、お客さんは激減。収入なんてギリギリです。

世の中が大変なことになってオリンピックですか?

やっている場合ではないでしょう、という気持ちもあります。

スポーツ選手だけが特別なのか?

なんて厳しい言葉も思い浮かびます。実際、耳にもします。僕もクインテットに出ました。オリンピック直前の緊急事態宣言。一瞬、「クインテット、大丈夫かよ!」とは思いました。 

 

もし選手がコロナ対策をするなら

コロナの感染症が気になるならば、選手をひと月前に招集して、コロナでもコロナではなくても、選手村に閉じ込めてしまうんです。

試合で当たる選手ばっかりでもいいから、選手村に閉じ込めて練習だけしてもらって、ひと月もあればその集団からはコロナが出るわけがないのだから。みんな缶詰です。 

そして、試合が終わったら2週間の隔離。で、帰国する。スポーツ人生の集大成を表現する場所と考えれば、缶詰になるくらいのことは問題ないでしょう。普段から練習しかしてないんですからね。 

 

2001年9・11米国同時多発テロで派遣中止

確か9・11の時に、その影響で国際大会に派遣されなくなったことがありました。斉藤仁先生から電話があり、「国際大会に派遣しないことが決まりそうだけど、どうするか?行きたいか、行きたくないか?」 

僕の答えは一つでした。「行かせてください」。 

地獄よりも苦しい毎日を自分で勝手に過ごし、どんなに大変なことが世の中で起こっていたとしても、それに自分が巻き込まれるかもしれないとしても勝負したかった。

 

もしも自分が選手だったら 

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18年はキルギス共和国の柔道総監督として、世界選手権(日本武道館)に来日。協会の給与打ち切りがなければ、東京2020大会には監督として来日していたかもしれない

(撮影:丸井 乙生)

だから、今回の1年延期とかコロナだとかが万が一、僕が現役の時に起きていたとしたら。

まずは全財産を使って、コロナのない地域の総合体育館を年単位で借り切る。練習パートナーを何人か雇って、事態が落ち着くまで山ごもりしていたでしょうね。もともとコーチも付けないですし、たくさんの人と練習する方でもないから。なので9・11の時は「行かせてくれ」と頼んだのでした。

人が何かを理由にして休んだりしてくれるのであれば、頑張って少しでも上に行きたい。そんな気持ちでいっぱいだったあの頃を思い出しました。

(内柴正人=この項つづく) 

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に60キロ級で全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

 

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