【連載「学びの細道」】人生100年時代の「生きる力」は〝アナログ〟で身につく!?~令和版「そろばんのススメ」②

そろばんで得られる力とは?(写真:photoAC)

人生100年時代。わが子にお金を遺すにも遺せない時代が到来している。

ならば、魚を与えるのではなく、魚を釣る方法を教えるしかない。それは「考える力を養わせる」ことに尽きるだろう。

文武科学省が学習指導要領で打ち出している「生きる力」を身につけるすべをさまざまな事象から見いだしていく本コラム「学びの細道」、第1回は習い事に着目した「令和版 そろばんのススメ」。

前回の前編では、人工知能(AI)が発達する現代にあえての〝アナログ〟、そろばんを子どもの習い事にするメリットについて、暗算九段の筆者が解説した。

後編は、あなたの知らない〝そろばんの世界〟について。

 

 

 

暗算九段が持つ変態性とは

キリよく会計を迎えたくなる(写真:photoAC)

あたかも普通の人を装ってそろばんの利点を紹介してきたが、ある程度そろばんをしてきた人はそろいもそろって変態の集まりだ。

筆者は全珠連の暗算九段を保持しているが、このレベルだと目に入る数字にさいなまれる?日常の場面も多い。

変態性の低い順に10個挙げると、次のような具合になる。

 

①飲食店、スーパーでの会計はもちろん把握済み。税別であれば、円未満切り捨てか四捨五入かが気になる

 

②割り算は永遠に答えを出す。例:213÷56.7=3.75661375661375...等

 

③簿記試験に電卓を持ち込まない。iPhoneの電卓アプリも消去する。代わりにフラッシュ暗算アプリなどを入れている

 

④「5桁×5桁の暗算が出来る」と言っても、相手の反応は2桁×2桁の時と同じ

 

⑤レストランや飲食店ではすぐに合計を計算してしまうため、値段が気になって頼みづらい

 

⑥車やタクシーに乗ると、暇つぶしに対向車のナンバーで四則演算をしてしまう

 

⑦数を見る時に、無意識に倍数判定をする。素数だと、マスクの下でにやける

 

⑧ランニング中、つらくなってくると素数の数え上げで気を紛らわす

 

⑨高校時代、数学教師から計算を頼まれる。特に確率や整数

 

⑩なぜかその数学教師に冷たくされるようになる

 

2桁×2桁~4桁×4桁 180秒で40問

上手い人ほど「,(コンマ)」の付け方に味がある(写真:photoAC)

 

客観的に見てみると、ほとんどの項目が変態性しか感じられない。それもそのはず。暗算九段に合格するには、次の3種目でそれぞれ34問を正答しなければならない。

 

・乗算(掛け算)…2桁×2桁~4桁×4桁 40問 制限時間3分

 

・除算(割り算)…4桁÷2桁~8桁÷4桁 40問 制限時間3分

 

・見取り算(足し算引き算)…3桁~5桁 10口前後 40問 制限時間3分

 

どの種目でも、1問平均4.5秒しか時間が取れない。答えを書きながら、次の問題を見て、計算をして、答えを書いて、次の問題を見て…。

一瞬たりとも邪念を入れることは許されず、答えもきれいな数字で書かなければいけない。マルチタスクという言葉がぴったりの世界だ。

 

◆そろばん人口を増やしたいマメ知識③

おそらく多くの人が、8桁やそれ以上の計算が出来ても実生活に役立たないと思っているだろう。ご名算。全く役に立たない。来たるタイミングを待って、粛々と生きている。

 

正直な子どものおかげ…

地元・青森のそろばん教室にそっくり(写真:photoAC)

とはいえ、好きで九段の肩書きを持っている訳ではない。九段に「甘んじてる」と言った方が近い。甘んじている。甘んじるな!

 

ただ、暗算十段保持者が在籍するそろばん塾でアルバイトをすると、「やっぱり十段を取りたい」という思いがわいてくる。というのも、無邪気な小学生は何も考えずに「先生はなんで九段なの?」と問いただしてくるからだ。

「なんで?」

「取れないからだよ」なんて答えようものなら、今までの自分を否定することになってしまう。「そのうち取るよ」とやり過ごして早1年数カ月。そろそろ本気で取らないといけない。

 

何度目の「字バツ」か

ハイレベルな人ほど、大会でそろばんを使わない。全国大会はほぼ無音の時も
(提供:photoAC)

十段を取るには、先に書いた暗算試験の問題で全種目40問中38問の正答数が必要になる。一気に正答率85%→95%とするのは至難の業。K2とエベレストというより、富士山とエベレストくらい、この昇段には時間がかかる。

 

とりわけ十段を難しくするプロセスが、3度の数字審査。十段相当の点数を取ったとしても、数字が汚いと判断されると、問答無用で不合格になる。

実は筆者は何度も経験していて、特に「7」で何度も引っかかってきた。「7」は2画という決まりがあり、それに反して1画で書くと、通称「字バツ」を喰らう。「7」のせいで、何度十段獲得を逃したか、想像もしたくない。ちなみに、このフォントの「7」は明らかに1画。

全国珠算教育連盟、幹部の皆様。早急に「7」の審査方法を変えてください。

 

◆そろばん人口を増やしたいマメ知識④

率直に言えば、そろばんはお金がかからない。そろばんと紙さえあれば、いつでも練習することが出来る。「だからそろばんを習わせたんだよ」と、母はうそぶいていた。

 

極めると多少変人…それでもいいことしかないはず

実家には無数のトロフィーがあるが、そろばん以外のものは皆無(写真:photoAC)

知り合いのツワモノたちの多くは、はっきり言って変人。そろばんオタク。そろばんバカ。かくいう自分もそうなのだろう。

 

それでも、そろばんを習う事で得られる能力は計り知れない。ここまででたくさんのメリットを挙げてきたが、最後に「達成感」を紹介する。

 

そろばん競技は実に〝公平正確〟で、結果がはっきりと出やすい。ピアノや習字などの習い事は、本人が1日1日の成長が客観的に表現できるか、といえば微妙なところだ。

一方、そろばんは、きょうは28問、次の日は29問、その次の日は同じ29問でも4秒縮まった、逆にその次は27問になった…など、成果が数字で表れる。

大会や検定の結果も、誰もケチをつけられない点数や順位で確認することが出来る。勉強に通ずる視点も多いだろう。この「達成感」が、より高い集中力を生み出し、より高い成功体験を生み出し続ける。そろばんがもたらす「できた!」サイクルが、今までの人生で役立ったことがたくさんあったと強く感じる。

 

過度にそろばんにのめり込むと、すぐ変態になるためオススメは出来ないが、習い事にそろばんという選択はほぼ100%失敗しない。令和版「そろばんのススメ」でした。

(おわり=いいの・けい mimiyori編集部)

 

◆そろばん人口を増やしたいマメ知識⑤

そろばんの大会には多くの競技があり、集中して練習すれば優勝することも不可能ではない。筆者は同じ県、同じ学年に中1ながら日本3位を取ったモンスターがいたが、読上算競技ではいい勝負をすることが出来た。勝ったことは1度もないが、2人だけの優勝決定戦で会場中の視線が自分たちに集まる経験は、この上ないものだった。

 

●追記

ちなみに、段位を持った人はどこかのタイミングで3~5万円する、高価なそろばんを買う事が多い。そんな中、筆者は某リサイクルショップで買った3000円のそろばんで、全国大会にも出たことがある。地区大会では、先生の指令で「私のそろばんは中古です」というタスキをかけて選手宣誓をしたこともあった。もしかして、変人の中でもさらに変人?

 

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