【ビジネス】経営哲学=Twitterを始めた81歳~靴下の「タビオ」創業者・越智直正 会長 前編

 

靴下 umiphoto

靴下の季節?とも言えるクリスマスも間近(写真:umiphoto/photoAC)※写真はイメージ

日本で、いや世界で一番、靴下への情熱があふれ、「靴下の神様」と呼ばれたタビオの創業者・越智直正さん。

2008年に代表取締役を退き、御年81歳、会長を務める。

自宅を出発するのは朝6時15分、7時には出社、さらに今度は2020年9月下旬ごろから、Twitterを開始した。

商売の真髄をまとめた名言が日々閲覧できるほか、社長自らがパソコンと対峙(じ)し、送られてくる質問に一つ一つ答えている様子も掲載されている。

さすが、一代で会社を築き上げた81歳、なめたらあかん!

 

越智会長の信念について、今回は前編をお届け。

 

  

 

 

 

 

「靴下がなかったら、何もないんです」

Tabio・靴下屋と聞けば、一度はのぞいたこと、お世話になったことがある日本人は多いだろう。

実際、1968年の創業以来、直営店とフランチャイズを合わせ国内に約300店舗を展開するほか、海外にも2002年にイギリスに進出して以来、英ロンドン、フランス・パリ、中国・大連と台湾にも店を構えた。

下着などを除く靴下専業メーカーとしてこれほどの成長を遂げた企業は、世界を見てもほとんど類がない。

越智直正会長はこのタビオ(元ダンソックス)を28歳で創業し、靴下の卸売りを始め、この日本を代表する靴下メーカーとして一代で成功させた

バブル崩壊以後、同業他社が次々と中国へ生産拠点を移す中、メード・イン・ジャパンにこだわり、その品質の高さと独自の生産・販売管理システムでタビオを靴下のトップブランドに育て上げた。

 

 

 

その成功の裏には何があったのだろうか、成功の秘訣は何だろうか。

 

 

普段はあえて下駄履き…その理由は

靴下は履かない。普段は素足にサンダル。会長はそのスタイルを、靴下問屋に丁稚奉公に入った15歳からずっと貫いてきた。

まさか、下駄で育ったから靴下を履くのは面倒だと、靴下メーカーの会長が言ってしまうのか……。いや違う。「靴下屋」の代表として、最良の靴下を消費者に届けるための最善の策なのだ。

どういうことか。

 

 

 

新しく靴下を商品化する際、婦人物・紳士物問わず、必ず会長自ら試し履きをする。

その「試し履きをする前に別の靴下を履いていると皮膚の感触が鈍り、新しい靴下の履き心地を感じられなくなる」というのだ。

会長のGOサインが出て初めて、市場にタビオの新商品が並ぶのだそう。

新商品を試食したり、試着したりというのは、多くのメーカーの方がやられている作業で、代表が行っている場合も少なくはないだろう。

それでも、試しのために感覚を研ぎ澄ますことをここまで追求できる人はいない。

しかし、多い時で、1日300足の靴下を試着しているというから、“靴下は履かない”というよりは、もはや私たち以上に靴下を履いているのではないだろうか。 

 

植えられた場所で全力

 

 

 

こうして会長は靴下のプロフェッショナルとして名を挙げたが、その道のりは平坦ではなかった。

靴下との出会いは1955年、15歳から大阪のキング靴下鈴鹿商店にて丁稚奉公をしたこと。

11人兄弟の末っ子として生まれ、ガキ大将として地元で名を知らしめる中で、中学時代に父を亡くし、出発する1週間前に奉公に出されることを知った。

最初の1カ月は辛かったが、兄からの「山より大きな猪はおらん。海より大きな鯨はおらん」という言葉を胸に、耐え忍んだ。

 

本は分からなくても100回読む

 

 

 

困った時に、会長を助けてくれたのは本だった。

恩師の「丁稚に行っても勉強しろ。本は分からなくても100回読め」と言われた教えを守り、古本屋で漢詩中国の古典を片っ端から読んだそう。

「古典はあなたの応援歌ですよ。困った時に、頭の中にヒョコッと浮かん出来る。救ってくれるんですよ。1000円や2000円で手に入るんだから」

 

(続く=mimiyori編集部・五島由紀子)

 

 

 

 

◆越智会長のTwitterはコチラ。

越智直正 (@NaomasaOchi) | Twitter