【パラスポーツ】ボーダーレスの象徴 世界のオリパラ二刀流アスリート

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二刀流で有名な宮本武蔵(写真:photoAC/松波庄九郎)
2020年はメジャーリーグでエンゼルス大谷翔平の“二刀流”が復活した。投手も野手も主力級にこなす選手は珍しいが、世界のオリパラ界にもパラリンピアンでありつつ、五輪への出場も果たす二刀流がいる。21年に延期された東京パラリンピックと同五輪への同時出場を目指すトップアスリートを紹介する。
 
 

イラン初女性金メダリスト ザハラ・ネマティ

アーチェリーのザハラ・ネマティは、イラン初の女性金メダリスト。パラリンピック初出場だった12年ロンドンで頂点に立ち、同国を熱狂させた。4年後の16年リオでは連覇。しかも、リオはパラリンピックだけでなく五輪にも出場し、五輪の開会式では車いすでイラン代表の旗手を務めた。

1985年生まれ。04年、自動車事故で損傷し、車いす生活となった。幼少時代からスポーツ万能で、負傷するまではテコンドーの黒帯選手。歩行が困難になってもスポーツへの情熱は冷めやらず、事故から2年後にはアーチェリーを始めた。練習開始からわずか半年後に出場した健常の国内選手権に出場して3位。イラン代表チームに招集され、以来、出場する国内選手権では必ずメダルを獲得する実力者になった。

健常の大会で活躍していたため、パラ大会への出場は10年になってから。同年チェコで行われた国際大会に初めて出場すると、いきなり世界記録を更新するなどして個人戦、団体戦のメダルを量産。翌11年の世界選手権では、4つの距離で世界新記録を樹立した。努力家としても知られ、パラリンピック連覇は必然だったといえる。国際パラリンピック委員会(IPC)の公式サイトには、ネマティから世界に向けたメッセージが掲載されている。

「障がいのある、すべての人々に伝えたい。障がいを理由に絶対にあきらめないでください。スポーツは障がいを乗り越える有効な手段の1つであることを知ってください」

イラン国内での人気は高く、ネマティの活躍は同国の女性の社会進出に大きく貢献したといわれている。強じんな精神力は五輪、パラリンピックの枠を超え、母国の社会情勢にまで影響を及ぼしているようだ。

リオ五輪で福原&伊藤ペアと対戦 ナタリア・パルティカ

卓球のナタリア・パルティカは、20年7月に31歳になったばかりだが、パラ界ではすでに大ベテラン。ポーランド代表として、パラリンピックは00年シドニーから16年リオまで、5大会連続出場を果たしている。しかも、08年北京からは五輪でも3大会連続で戦っている超エリート。リオでは団体1回戦で日本と対戦し、ダブルスで日本の福原愛、伊藤美誠ペアを相手にコースを突いた打球やスマッシュで対抗した。

先天的に右ひじから先がないが、ひじの内側にうまく球を挟み、起用にトスをあげてサーブを繰り出す。幼少時代に自宅で姉サンドラさんの卓球の相手を始めたことが、競技の道へ進むきっかけとなった。すぐに頭角を現し、史上最年少のわずか11歳でパラリンピックデビュー。打球の速さは驚異的で、04年アテネからはシングルスで4連覇を達成した。

ポーランドメディアによると、新型コロナウィルス感染拡大の影響で20年初めからチェコに滞在し、ラケットは握らず筋力トレーニングに専念していたという。試合が長期間ない状況は初めての経験でモチベーションを維持することが難しかったというが、同年7月までには母国ポーランドに残っていた選手よりも2、3週間早く本格的な練習を再開。9月にワルシャワで開催が予定されている欧州選手権に向けて本腰を入れ始めた。

 
国際卓球連盟の公式サイトでは、「私のすべてが卓球でできている。この競技は、私に努力すること、絶対にあきらめないこと、夢に向かって突き進むことを教えてくれた」と語っている。卓球人生初の夢は「姉に勝つこと」だった。現在の夢はパラリンピック5連覇と、4大会連続のオリパラ同時出場。東京で偉業が成し遂げられることを願わずにいられない。
(mimiyori編集部)