【雑学】自然観察指導員の徒然草=下を向くのも悪くない 魔性の女“スミレ”に誘惑されてみよう

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東京都内の自宅付近で咲いたスミレの花。アスファルトの割れ目から力強く花を咲かせている。2013年4月13日 (撮影:安藤伸良)

自然観察指導員とは、自然を守る登録制のボランティアのこと。「自然観察からはじまる自然保護」を合言葉に、日本各地で地域に根ざした自然観察会を開き、自然を守るための仲間づくりに励んでいる。

日本自然保護協会が主催する指導員講習会を受講、修了して登録申請すれば、誰でも登録可能。企業戦士として働き尽くした会社を定年退職後、63歳で登録、指導歴13年を超えたシニア指導員の自然コラムを紹介する。

つれづれなるままに、今回は可憐でありながら、実は相当たくましい、春を代表するスミレのあれこれ。


 

可憐なようでタフネス系

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長野・奥裾花自然園のスミレサイシンの花 2012年5月23日 (撮影:安藤伸良)

スミレ(菫)は春の訪れを告げる代表的な花で3月初めから咲き始める。「春植物(Spring Ephemeral=春にだけ葉を広げて花を咲かせ、夏には地上部が朽ちて地下に隠れて休眠する植物)」と思われる人もいるが、地上部の葉は秋まで残るので、春植物には加えられていない。
可憐な花が日本人に好まれ、女の子の名前にも「すみれ」は多い。文学作品などで、可憐な女性を表現する際も「スミレのような」と例えたりする。イギリスの詩人ワーズワースはスミレを「星のように美しい」と表現した。ところが、この可憐な姿とは裏腹に、実はかなり強健な植物。野山や森の中でひっそりと咲いているようなイメージがあるが、街中の歩道脇やガードレールの下、道路のアスファルトの割れ目など、意外と身近な場所でも見かける。

語源は大工道具?

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東京都杉並区の善福寺公園近くで見かけたヒゴスミレの花。 2017年3月24日 (撮影:安藤伸良)

スミレ科スミレ属の草本で、日本には50種以上が自生している。スミレの語源には諸説あるようだが、日本の植物分類学の基礎を築いた植物学者・牧野富太郎博士によると、花が大工道具の「墨入れ」に似ていることから、転じて命名されたとのこと。同博士が発見したことで名付けられた「マキノスミレ」という種もある。

花を咲かせなくても結実できる

スミレは花が美しいだけでなく、子孫を残すためにいろいろな工夫をしている。一般的に3~5月に花を咲かせ(開放花)、虫を誘引して花粉を運んでもらうのは他の草花と同じだが、夏から秋にかけては蕾(つぼみ)を付けるものの、いくら待っても開花しない(閉鎖花)。この時期は、蕾の内部で雄しべと雌しべが接することで、受粉が行われ結実する。このように虫による受粉がうまくできなかった場合でも、子孫を残せる手立てを講じている。

 

アリを誘惑する“タネばらまき作戦”

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東京都杉並区の善福寺公園で咲いたタチツボスミレの花 2019年3月27日 (撮影:安藤伸良)

また、スミレのタネにはアリが好む「エライオソーム」という物質が付いているため、地面にこぼれ落ちたタネはアリが巣に持ち帰る。アリがエライオソームを食べた後にタネを巣の外に捨てることにより、タネが拡散されてあちらこちらで発芽する。道路のアスファルトの割れ目などにスミレが咲いているのは、そのためだ。

南方系の蝶まで呼び寄せた

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東京・高尾山散策の途中の日影沢で見かけたナガバノスミレサイシンの花。2016年4月2日 (撮影:安藤伸良)

2000年代に入り、東京ではツマグロヒョウモンという南方系の蝶をよく見かけるようになった。元々は四国や九州、沖縄に多く分布していたが、地球の温暖化に伴い、分布が北方に拡大しているためと言われている。街中でも見かけるようになったのは、この蝶の幼虫がスミレやパンジーを食草にしているためで、筆者の自宅の庭に咲いているアメリカスミレサイシン(スミレの外来種)にもツマグロヒョウモンの黒い幼虫が付いているのを見かけたことがある。

日本人が頭上のサクラに見とれている頃に、足元でひっそりと咲くスミレ。可憐さに隠された生命力の強さを知ると、より身近に感じられるようになる。(安藤 伸良)