【五輪金メダリスト連載】「タカマツ」の絆が日本女子ダブルス界を強化した

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(写真:photoAC/TTJ)※写真はイメージ
メダルの数だけ、超人たちのドラマがある。

2016年リオ五輪までに日本が夏季大会で獲得した金メダルの総数は142個。本コラムでは、日本五輪史上初の金メダリストとなった陸上三段跳びの織田幹雄から、日本バドミントン史上初の金メダルを獲得した「タカマツ」ペアまで、すべての五輪金メダリストと、そのメダルに秘められたドラマを紹介する。

いつの時代も、世界一の称号を目指す選手の情熱は変わらない。五輪を制した勇者たちの姿から人生の醍醐味が見える。

 

 

東京五輪を待たずに高橋引退

五輪連覇の会見は幻に終わった。2020年8月19日。女子バドミントンの「タカマツペア」で知られる高橋礼華が、同月限りでのペア解消と現役引退を表明した。16年リオ五輪でダブルスを組む松友美佐紀とともに金メダルを獲得してから丸4年。「自粛期間に自分の気持ちと向き合う時間が多い中で、やり切ったなと思いました」。2人そろって臨んだオンライン形式の記者会見で、高橋は4年前とはまったく違う涙を流した。

連覇を目指していた20年東京五輪は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で1年延期となった。また、2枠をかけて争っていた東京五輪選考レースでは、20年8月時点でタカマツペアは国内3番手。逆転で五輪に出られるのか。出場できても再び金メダルを取れるのか。気力、体力ともに「あと1年は厳しい」との思いが、現役引退という決断に至った。

リオ決勝で怒とうの5連続ポイント

聖ウルスラ学院英智高校の1年後輩だった松友とは、同校在学中の07年からペアを組んだ。翌08年には高校選抜、インターハイで優勝。全日本総合選手権でも初出場ながらベスト4に入り、相性のよさを印象づけた。高校卒業後には同じ日本ユニシスに入社して、14年には初の世界ランキング1位に輝く。宝島社新書『日本の金メダリスト142の物語』によると、翌15年には一時4位に落ちたが、この苦難を2人で乗り越えてリオ五輪に出場できたからこそ、タカマツの絆はより深まったという。

その絆の強さを見せつけたのが、世界ランキング6位のデンマークと対戦した決勝戦。第1ゲームを18-21の僅差で落としたが、第2ゲームは21-9の圧勝で奪い返した。最後の第3ゲームは16-16から相手に3連続ポイントを許したが、逆に5連続ポイントを奪って大逆転。21-19の接戦を制し、日本バドミントン史上初の五輪金メダリストに輝いた。

 

最後まで不仲説とは無縁

ペア種目の選手は何かと「コンビ仲」を取りざたされるが、タカマツペアは高校時代からの長い付き合いにもかかわらず、合宿中は昼食も夕食も共にした。リオ五輪の翌年にはそろって“燃え尽き症候群”に見舞われ、心と体の歯車がかみ合わないシーズンを過ごした。それでも互いに鼓舞しながら練習を続け、話し合いを重ねていく中で、「東京五輪で金メダルを取る」という新たな目標を2人で定めて再び立ち上がっていた。

タカマツペアは解消されるが、リオ五輪後、日本女子バドミントン界には、福島由紀/廣田彩花の「フクヒロペア」、永原和可那/松本麻佑の「ナガマツペア」といった若手が世界トップクラスに躍進している。自分たちの連覇はなくても、選手層の底上げを促し、日本の連覇の可能性を高めた「タカマツ」の功績は大きい。
(mimiyori編集部)