人生100年時代。わが子にお金を遺すにも遺せない時代が到来している。
ならば、魚を与えるのではなく、魚を釣る方法を教えるしかない。それは「考える力を養わせる」ことに尽きるだろう。
文武科学省が学習指導要領で打ち出している「生きる力」を身につけるすべをさまざまな事象から見いだしていく本コラム「学びの細道」、第1回は習い事に着目した「令和版 そろばんのススメ」。
人工知能(AI)が発達する現代にあえての〝アナログ〟、そろばんを子どもの習い事にするメリットとは。
暗算九段、〝歩く電卓〟と呼ばれた筆者が、珠(たま)をはじくことで養えるサバイバル能力について前後編で解説する。
指で養う圧倒的な「集中力」
「そろばんを習う一番のメリット」とは何かと聞かれたら、多くの人は「計算が速い」という解答を想定するだろう。
しかし、長年そろばんを続けた筆者としては、選択肢が多すぎて回答に困る。あえて一つを選ぶのであれば、ズバリ「集中力」だ。
例えば、5桁×6桁の計算があるとする。たった1問解くために、5×6=30回の九九を行うほか、九九を1回行うごとに足し算や引き算もしなければならない。指で珠をはじく「運指」は、この程度の問題でも100回近くが必要になる。もちろん、答えを紙に書き込むという作業もある。
その間、少しでも魔が差したら1問がパーだ。九九を間違ってみたり、汗で珠が1つずれてしまったり、うっかり数字を間違えて記入したりするだけで、数十秒の超高速努力が無駄になってしまう。
段位の試験だと、掛け算だけで最小で3桁×6桁、最大で6桁×6桁など30問が用意されており、高段位を取るほどに多くの正答数を稼がなければならない。20問を解くだけで1000回弱の九九を実行し、3000回近い運指が求められる。しかも、制限時間ギリギリの中でこの動作を続けなければならない。
考えてみれば、集中力が養われて然りなのだ。
◆そろばん人口を増やしたいマメ知識①
珠算式暗算(数字でなく、そろばんの珠のイメージを使う暗算スタイル)を身に付けるなら、小学2年生までにはそろばんを始めるべし。筆算の仕方を習得してしまうと、珠算式暗算と混同してしまい、なかなか上達しない。
「そろばん力=学力」はウソ?ホント?
そろばんを習ってきた人は賢いという話はよくあるが、実際はどうなのか。
少なくとも、局所的には「ホント」と言えそうだ。
筆者の地元では、中学校の1学年70人のうち、大学進学者はおよそ15人ほど。その1学年では、同じそろばん塾に11人が通っており、うち8人が大学に進学している。
さらに、小学校から中学校まで続けていた人に限れば、8人中8人、100%の大学進学を達成している。そろばん力、暗算力が学力のベースになることは実証されている、と言えるかもしれない。ちなみに、地元は青森県、村より大きい「町」です。
とはいえ、集中力、計算力、暗算力はもちろんのこと、加えて強調したいポイントは「記憶力」と「自信」の2点。
「記憶力」が必要になるシーンは多い。読み上げられる数を暗算していく、いわゆる「読み上げ暗算」の競技では、7桁近い数を頭にイメージしながら計算をしていく。普通は7桁にもなると、「もう1回」と言いたくなるもの。しかし、読み上げ暗算では7桁ほどの数を10回足したり引いたりしなければならない。
「フラッシュ暗算」も同様で、画面に表示される3桁の数を15回足し続ける。九段は15回を4秒で、十段は15回を3秒で計算しなければならず、「389」といった3桁の数が画面上に見える時間はコンマ2秒ほどになる。まばたきどころか、息をすることさえ許されない環境だ。
一度身につけたら一生モノ
「足が速くないとモテない」という、謎の小学生の〝世界線〟で、「自信」をくれたものがそろばんだった。
筆者は運動能力はあまり高くなかったが、そろばん暗算なら敵なしだったため、全校朝会で表彰を受ける時が毎週のハイライト。幼い頃の成功体験は貴重であるため、ぜひおすすめしたい。
また、そろばんを習うと、自転車に乗れたらほぼ一生乗れるように、その能力は大人になってもほとんど落ちない点が大きな魅力でもある。
◆そろばん人口を増やしたいマメ知識②
学力に関しては、競技そろばんで名を馳せる高校生の多くが、難関大学に進学している。特に、東大珠算研究会には日本一経験者が多く集まっており、(常軌を逸した)独自問題集を作成していることでも有名。東大、慶大、早大ともに全国入賞常連者が集まったサークルが(ひっそりと)存在する。
(つづく=いいの けい mimiyori編集部)