2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。
これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「道場設立から1年が経った」話。
2023年4月にオープンした道場は、徐々に子どもたちの入会者も増加。
試合で勝つことだけを目的とするのではなく、
練習を中心とした方針を貫いている。
その理由とは。
道場設立1年が経ち
こんにちは。
春の心地の良い日差しを感じるようになりました。
道場を作り、1年が経過したところです。
始めた頃は、よその道場に所属している子どもの自主的な練習として面倒をみていた形から
道場とはいうものの、月謝をもらい始めているとはいえ
3人しかいない子どもたちに対して
自分のできる範囲の立派な道場を用意してあげようと
保護者のみなさんに協力してもらいながら
コツコツと作りつつ
コツコツと日々の練習を見ていたものでした。
「求められる分の少し多め」
これが人の役に立つものになるのか、自分の何のためになるのか
さっぱり分からないまま流されるように始めたものでもありました。
それでも日々、真剣に自分の中の「絶対」は変わらず
練習を見ていたと思います。
若い頃
どうせやるなら
どうせやらされるなら
やらなきゃならないなら
自分にしか出来ない結果を出さなきゃならない。
かなわない実力であれば
身体が滅びるほど自分を理不尽に鍛えた時期もありました。
今はね、
求められる分の「少し多め」を与えています。
「求められる少し多め」とは何か。
だいたい、僕のところに来る選手は”そもそも”が足りていない。
その人が求めたところで
必要な分を伝えたところで
容量オーバーになることがほとんどです。
なので、いつも「求められる分の少し多め」になる。
それこそ昔は懸命に応援してはいました。
今はね、その「求められる分の少し多め」で良いと思っています。
なぜならば「疲れるから」。
お互いに疲れて心が破綻してしまったら何もなくなりますからね。
のんびりバランス良くやろうとしています。
練習中心で育てる道場
子どものうちに柔道ばかりさせて洗脳して
チャンピオンになる気持ちづくりから、めっちゃ鍛えている道場があるとするならば
そりゃ、その道道の先生の根気に感心します。
僕の道場はたぶん、そのような道場とは少し違うかもしれない。
でも、真剣です。
ただし、
試合中心に選手を育てようとする世の中に対して
僕は練習中心で子どもたちを育てたい気持ちが強いです。
すべては結果。
これは分かっているのですが
勝たせるために進学させたり、
中学、高校、大学の節目でそのカテゴリの中で引退する期間があったりするのは
よく分からないのです。
柔道を生涯続けられる道場に
柔道で旅をするように進学するのも
とても素晴らしいことではあります。
僕も歳を重ねたのか
道場は始まったばかりではありますが
ここで柔道を始めた子たちは
ここで柔道をずーっとやってくれればそれで良いとも思っています。
ありがたいことに子どもたちも20名を超える入会がありました。
キルギス時代の教え子もうちの道場生として、先生としてVISAを申請中でもあります。
強くはないけれど国のトップ選手が遠い日本に来て実業団登録し、
国内の試合に出られるように準備もしています。
このために地域の病院でキルギス共和国の選手を雇用しようとしてもくれています。
当たり前に少年柔道の道場として運営するだけで良いのかもしれないけれど
僕はここにいる選手たちがここに残り
ここで環境をつくっていってくれれば
それが一番幸せなことではないか。
ここでのポイントは、勉強で進学できるのか。
勉強で人生をつくっていく中で柔道がいらなくならないか。
この二つが課題ですね。
子どもたちの面倒をみる喜び
道場を作るきっかけとなった一人の女の子は
「一生、EDGEにいる」
「オリンピックにも出る」
そう言って、洗脳もしていないのに
練習の前に練習をして
練習の後に自分で決めているトレーニングをしてくれています。
たいてい、そんな子どもの保護者は“面倒”な親が多いものですが、この家族。
実にまっとうであるのです。
優しく温かく子どもの頑張りを応援している様は何ともほほえましい。
そろそろ僕も柔術、グラップリングなどの試合をやめようと思います。
頑張っていない人間は試合に出てはならないと教える立場で
過去の名前で誘われるたびに流されて試合に出るのも、子どもたちに示しがつかなくなりそう。
試合は子どもたちに託して
子どもたちの成長を見ていて楽しい自分と
子どもたちの面倒をついついみてしまって
自分のトレーニングをまったくやらなくなったもどかしさとのバランスは
僕には取れません。
そんな春、心地よい日に自分の試合を取りやめて
子どもの応援に行こうと決めた僕の気持ちは晴れやかです。
”共通言語”を持つ子どもたちが育っている
最後に
指導してから4~5年経つ子どもたちに
僕のアドバイスの意味が分かる子たちがいます。
冗談も意地悪も、技術の話も
気持ちの部分でも察してくれる子どもたちがいます。
この子たちによくよく言うのは「早くここで先生になってくれ」。
打ち込みだけ、柔道の組み立てだけなら
高校生、大学生より意味が分かっている子どもたち――小学5年生たち。
そう、彼女たちが先生になるまでの時間を考えると
単純計算でも、最短であと10年はあるんです。
ゾッとしますよね。
(内柴 正人)
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◆内柴道場「EDGE&AXIS」公式HP
◆EDGE&AXIS 公式ショップ
◆内柴正人氏による柔道指導の動画配信
内柴氏が現在、熊本・八代市で小学生から大学生を対象に開催している練習会を中心に、指導内容を盛り込んだ動画配信を22年4月から開始している。
より詳しい内容について、メンバーシップ配信も開始した。
メンバーシップ配信では、今回の道場づくりについても動画をアップ中。
詳細は下記YouTubeのコミュニティ欄へ。
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うちしば・まさと
1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。
#MasatoUchishiba