2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。
これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「手づくりの道場」中編。
柔道を習いたいという志願者がちらほらと現れたことで、職場の片隅に柔術マットを敷いたミニ道場に中古の畳を入手。泥だらけの畳を洗い、干し、イチから「柔道場」を整える中で考えたことについて。
見栄は必要ない
僕みたいなタイトル持っている人が柔道をするならば、「きれいな道場がいい」なんて見栄もある。
だが、しかし。
柔道にかけるお金はない。かける気持ちもない。
僕の仕事の師匠である社長は面白い人で、身近な方がめっちゃ高い車を買ったと聞いた時に、全力で否定していたことがある。
この社長は人から大きなお金をいただくことを遠慮して、もうけが少ない分は節約して利益をひねり出すという考え方なのです。
だから、自分がいい車を買う、旅行に行く、買い物をする、そういったことを必要としないみたい。
僕とお話しする時も基本、コーヒーとお菓子。
食事も行ったことがない。
社長の節約術に学ぶ
社長の親父さんの教えは「人を使えば銭がかかる」。
何でも自分でやるべきである。
修理はもちろん、営業後の駐車場のゴミ拾い、館内の清掃、節電のために至るところの電気を消す。配電盤のスイッチも切る。配電盤のスイッチは、あの中の部品を休ませるらしいです。部品も長持ちさせたいのだそうです。
聞くだけなら面白いけれど、これを休みなしでやり続ける熱量はすごい。
先日、実にシンプルな答えを知りました。高級車を買わない理由は「金を生まないから」。トラック、軽トラは金を生む。
それだけらしいです。
人への見栄はなく、買う物でさらにお金を稼げるかどうか。
基準は「必要か、必要でないか」
そんなとある社長の話を聞いているうちに、影響されているんでしょうね。
柔道畳が欲しいとは思うけれど、僕にとって柔道は仕事ではなく趣味でもなく。得意なだけのこと。言ってみれば、遊び。遊びで畳はいらないなあ。
それでも今、一緒にいてくれる「学生弟子」と「子ども弟子」と、自分の柔術のための準備運動でやりたい柔道の打ち込みには使える。
いらないけど欲しい。
今、仕事も環境も全部自分で整える立場になって、「チャンピオンとはお金と時間を持たせてもらえる立場なのだな」と思いました。
ゴミ同然の畳
元道場からもらったベコベコな畳をトラックに積んだ帰り、内心は「このゴミ同然の畳をもらってどうしよう」。
面倒くさいなあ。畳を選ぶだけでもずいぶんと時間を使ってしまった残念な日。
ただでさえ汚いのに、大雨でぬれて泥だらけ。でも、これで立ち技ができる。ただし、洗ってきれいにして敷くことができればの話。
その日は借りたトラックに積んだままほったらかして、店に帰っていつもの仕事に入る僕。
昔からこういうことは好きでやるのだけど、面倒くさくて途中であきらめるたくなる。
ただ、僕には父の教えがありました。
(内柴 正人=この項目つづく)
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うちしば・まさと
1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。
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