【連載「生きる理由」70】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「意外な特技の話」①

リラックスする時間は、勤務先以外の風呂に入っている。首と背中の筋肉がすごい
(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「意外な特技の話」①。

 

小学生時代から柔道で下宿生活を送ってきたことで、身についた特技がある。

まるで自衛隊ばりのベッドメイキングだ。

第1回はその特技が生まれた基礎となった、小学生時代の厳しい下宿生活について。

 

 

 

「道着は自分で洗え」と言われていた

シーツを張る時に誰もが悩む角。内柴氏はきれいに折り畳む(写真:本人提供)

職場では久しぶりに宿泊のお客さんが増えて清掃スタッフの人数が足りず、僕がシーツ張りを手伝っています。
相変わらず、うまい。

 

僕は柔道選手によくある合宿生活において、小学4年生の時には親元を離れたような、離れていないような近所の柔道塾で下宿を始めました。
だからってベッドメイキングなんてする訳もなく、片付けがうまくなるわけでもなく、日々追われる生活。
柔道着を商売道具と言い、練習を「仕事」と呼ぶ合言葉が出てきたり。
この商売道具、道着は絶対に他の子は親に洗ってもらっていただろうけど、僕は自分で洗うように先生から厳しく言われていました。

 

下宿でただ1人の小学生

しかし、下宿とはいえ、自宅は近所、寮生は僕以外みんな中学生。
洗濯は家に帰ってしていたのです。
正直、お母さんが洗う時もあるよね。

普通、家庭に洗濯機なんて1台しかないし、道着を洗いたくても、洗濯機に突っ込んである家族の洗濯物を洗ってから自分の物を洗うほど、育ちも良くなく。
洗濯をお願いしようとお母さんを探そうものなら、それだけで機嫌が悪くなるということも経験済みなので、洗濯機の横にそっと置いて次の練習に行くことも多々ありました。

 

自分で洗わなかったことがバレる

今春は、金魚を稚魚から育てている(写真:本人提供)

そんな柔道ばかりしていた僕。
1年間で休みというと、お盆と正月。
お盆は家族で海へ泊まりで行くことも決まり、ワクワクしながら過ごしていました。

休みまでカウントダウンが入る中、先生からめちゃ怒られた。


「お前、自分で道着は洗ってないのか?」

 

自宅から近所の道場。
先生とお母さんがどこかで会ったんですね。
そこで「夏休みは出かけるから、洗濯物があったら家に持っておいでと伝えてほしい」と言われたようでした。

 

しばかれる正人くん。
母が余計な一言を言ってくれたおかげで、僕はひと地獄を味わいました。

 

夕食で帰れる時間は30分だけ

勤務先の温浴施設にはビジネスホテルが併設されている。建物は古いが、掃除はしっかりなされている(写真:本人提供)

この頃は一日中、〝強制的な自主性のトレーニング〟として休む間もなく練習していました。
夜遅く自宅へ食事に帰ると、唯一気の休まるわが家ということで「30分だけ寝かせて」と母に頼んで、仮眠していました。

 

ご飯なんて食べる余裕もない。
僕が練習から戻ってきて30分後には寮へ帰らなければならない。

たまに父がいる。
父がいるから寝られない。

座って食べる。
食べられない。食べるのが遅い。
次第に
ハッ! 目が熱い。痛〜い。
気を失うように晩ご飯に顔を突っ込んで寝ている僕に、父はメンソレータムをひと塗り。

文句の一言も言えない立場。
目をぬぐい、ご飯を頑張って何とか食べて寮に帰る。

寮に帰ると、寮生の中学生がご飯を食べていて、片付け、それから先生のお話。
寝るのは2時。
逃げ場がなかったですねえ。

 

地獄だった小学生時代に悟ったこと

勤務先はスーパー銭湯クラスの広い温浴施設(写真:本人提供)

試合も勝てない。
練習では2学年下に投げられる。
学校では落ちこぼれ。
授業は居眠りばかり。
大学生の居眠りとは訳が違う、ガチで気を失う居眠り。

 

このような生活を送った結果、
柔道とは、やりたくなければ辞めればいい、やるのなら懸命にこだわること。
自由の中で頑張ることに価値があり、強制の中での自主性なんてサボりしか覚えないことが見えてきました。

 

シーツ張りが上手。
小さなことでも仕事であるならば、やる立場になくとも誰よりも上手がいいね。


(内柴 正人=この項目つづく)

 

 

◆内柴正人氏による柔道指導の動画配信開始

内柴氏が現在、熊本・八代市で小学生から大学生を対象に週1回開催している練習会を中心に、指導内容を盛り込んだ動画配信を22年4月から開始している。

 

www.youtube.com

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

MasatoUchishiba

 

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