【五輪金メダリスト連載】金メダルをなくした男~1988年ソウル五輪レスリング男子フリー48キロ級・小林孝至

伊勢神宮 日本国旗

三重・伊勢神宮の日本国旗(写真:丸井 乙生)

東京五輪の延期が決定から、早7カ月が経った。

20年夏に照準を合わせていた選手達にとって、1年の延期の影響は計り知れない。

苦悩の果てに得られた東京五輪のメダルの重みは、コロナ禍を乗り越えた超一流アスリートにしか味わえない。

いつの時代も金メダルを獲得すること容易ではない。さらにようやくの想いで獲得した金メダルをなくすことも容易ではない。

そのどちらの偉業?も達成した人物が、日本人に2人いる。その1人が、1988年ソウル五輪のレスリング金メダリスト・小林孝至だ。

 

  

 

 

 

 

ソウル五輪で金メダル

1988年9月29日、ソウル五輪・レスリングフリースタイル48kg級決勝。

小林孝至は、ブルガリアのツォノフに圧倒的な強さで勝利を収めた。世界一の称号を得た男は、84年ロス五輪金メダリスト・富山英明コーチに肩車されてガッツポーズし、勝利の喜びをかみ締めていた。 

 

1カ月後に金メダルをなくす

 

 

 

 それからちょうど1カ月。

10月29日、上野駅構内の公衆電話の上には、バックが忘れ去られていた。

中身を見た人がいたのなら、かなりの衝撃だっただろう。

そのバックは単なる落とし物ではなく、テレビでしか見た事のない輝く「金メダル」が入っていたのだから。

 

金メダル自身も衝撃的だったに違いない。

金メダルだって、表彰式でかまれたり、キスをされたり、いろいろ経験する。

それでも家に帰れば、ケースに入れられたり、棚や壁に神々しく飾られるのがデフォルトだろう。

 

江戸川区の路上で発見

しかし、小林の金メダルと言えば、バックに入れられたのはまだしも、公共の場に忘れ去られ、その後約1時間、忘れたことにも気づかれなかった。

小林の日ごろの行いの成果だろうか、神様が情けをかけてくれたのか、無事に再会できた場所は警察署。

拾われた地点は江戸川区の路上だと言うから、何か起こっていてもおかしくはなかった。世界で一番冒険をした金メダルと言っても過言ではないだろう。

 

「置き忘れ」は日本男子レスリングの”伝統”

 

実は、「置き忘れ」は日本男子レスリングの”伝統”でもある。

64年東京五輪でフリースタイル・フライ級で金メダルを獲得した吉田義勝が日大の卒業式へ向かう際に、電車の網棚にそのメダルを置いたまま降りてしまった。

さらに、16年リオ五輪代表ではグレコローマン59キロ級銀メダリストの太田忍が、メダルは無事だったものの、代表の公式スーツをやはり電車の網棚に置き忘れた。

屈強なアスリートであっても「網棚に物を置くと忘れやすい」という、極めて普通のことが明らかになった。

 

髙田純次にメダルをかまれる

そうして主のもとに帰ってきた金メダルをきっかけに、持ち主の小林はお茶の間の人気者に。金メダルは家でおとなしく飾られているかと思えば、当時の人気テレビ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ‼」で小林宅を訪問した高田純次にかまれてしまった。

 

小林は現在、埼玉県三郷市内で整骨院を営んでいる。その金メダルは、もはや何事にも動じない“金メダルの中の金メダル”の風格が漂っていることだろう。

 

(五島由紀子=mimiyori編集部)