海の男を束ねる女性がいる。
山口県萩市の沖合に浮かぶ大島、通称「萩大島」。
坪内知佳さん(株式会社GHIBLI代表)はその漁師たちを束ね、漁業の復興に取り組んできた。
2011年から3船団からなる「萩大島船団丸」の代表に就任し、船から飲食店へ直送する鮮魚セット「粋粋BOX」のプロジェクトを開始。6次産業化事業を形にして、離島の命とも言うべき、漁業を一大ビジネスに押し上げた。
新型コロナウイルス感染拡大が収まらない中、直送ビジネスで奮闘する坪内さんの歩みをひもといた。
第3回は、新たな試みに反発する漁師と坪内さんが手を取り合うようになったエピソードについて。
SNSで「どこの海を越えとるんじゃ!」
新たな試みに反発する漁師たちから「出て行け」と言われた坪内は、本当に出て行った。一番の反対勢力は、代表に就任してくれと頼んできた長岡秀洋 船団長だった。
坪内さんはその足で、とりあえず夜中のフェリーに乗った。
「高知でカツオでも食べよう」と考えていたところ、携帯電話が鳴った。
相手は、長岡船団長。SNSからの連絡だった。
「どこの海を越えとるんじゃ!」
漁師たちは、殴り書きされた書き置きを見ていた。坪内が足を棒にして駆けずり回った結果が、大量の顧客リスト。どれだけ頑張ってくれたのかを理解したのだった。
「辞めることを止めてくれ」
船団長がSNSを使いこなせるようになっていたのも、「鮮魚BOX(現・粋粋BOX)」をつくる過程で使わざるを得ない状況だったためだろう。
坪内は取って返し、ちょうど行われる予定だった忘年会に合流して“元サヤ”となった。
正装はジャージ
荒っぽい海の男たちと渡り合った末に、お互いに理解を深めることができた。
「時間が解決してくれたところはあるかなと思うんです。よそからポッときた小娘がやかましいと思われることは分かっていたので。むしろ、よそ者で水産の知識も経験もなく入ったから良かったのかもしれません」
はじめは仕事でスーツを着ていた時、漁師たちから「お前はやる気がない!ジャージは正装だ!」と怒られた。そこでジャージを大量購入。ちなみに、正装中の正装はアディダス、プーマ、NIKEなのだという。
標準語で話すと「お前、なめてんのか」と怒られたため、完全に島の言葉をマスターした。
最初は魚を触ったことすらなかったが、現在では魚をさばき、活け〆、箱詰め、伝票貼りのすべての工程をこなし、60キロの鮮魚ボックスも運ぶ。
坪内は漁師に「お客様の目線、消費者の目線に立て」と言い続ける代わりに、漁師となじむことも忘れなかった。
漁師が目からウロコ
「鮮魚BOX(現・粋粋BOX)」の出荷を始めて約1年後。坪内さんは従業員を順番に東京へ同行させ、顧客を会わせ始めた。
すると、漁師たちは「お客様を思いやれって言われていた意味がやっと分かった!」と目からウロコ。意識が変化した。
さらにその約1年後の2014年、“萩大島船団丸方式“で全国の船団と協力するために「法人成りしたい」旨を伝えたところ、「そうしよう」と満場一致で決まった。
以前であれば、基本的に漁師は漁場を取り合うという側面があるため、「うちが厳しいのに、なんでよそを助けるのか?」という声が予想される場面だった。
しかし、法人成りの頃には、漁師たちの意識は日本の漁業の将来に向かうまでに成長していた。
「海はつながっている。このままじゃきっと将来、自分たちの首が絞まるだけだから、そうしよう!」
出荷するたびに返ってきたクレームは、激減していた。
(つづく=丸井 乙生)
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◆「粋粋BOX」はこちら
※これまで番組などで直接取材した経営者のかたの哲学についてまとめたコラムです。
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