【ビジネス】経営哲学=稲川素子社長 専業主婦から外国人タレント事務所の社長へ 人生100年時代を生き抜くヒント①

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稲川素子社長(写真:東洋経済/アフロ)

これまで番組などで直接取材した経営者のかたの哲学についてまとめたコラム。今回は「稲川素子事務所」を運営する稲川素子社長について紹介する。

人生100年時代が到来した。「人生100年時代に人は80歳を過ぎても働く必要がある」とする経済学者の試算もあるが、すでに力強く実践している元専業主婦の女性創業者がいる。経営のノウハウがまったくないまま50歳で事務所設立。70歳で慶応大学を卒業し、72歳で東大大学院に入学した稲川素子は、86歳となった今やのべ145カ国以上、5200人以上のタレントを抱える芸能事務所社長。ピンク色の衣服に身を包み、華やかな世界をまい進しているようでいて、実は泥臭く地道な努力や、外国人タレントを扱う経営者ならではの苦労があった。

 

 

 

50歳の主婦が芸能事務所を設立

1985年4月、1人の専業主婦が外国人を専門とする芸能事務所「稲川素子事務所」を設立した。自身50歳の時だった。きっかけは、ピアニストである娘の佳奈子さんのドラマ出演(コンサートシーン)の付き添い。その撮影現場で、あるスタッフから京本政樹出演の映画「オイディプスの刃」で演技のできる中年フランス人の紹介を頼まれた。

知人を紹介するつもりで依頼を受けたが、紹介する予定だったフランス人はとっくに帰国していた。そこで、日仏学院に電話し、やっとのことで見つけた代理のフランス人、ジャン・ポール・ミクロを紹介する。このジャンさんの演技の評判は上々。英語も日本語も話せなかったため、稲川がフランス語で通訳もした。この1件で、「稲川さんに頼めば、いい外国人を紹介してもらえて、通訳もしてもらえる」という噂が瞬く間に業界に広まり、外国人紹介の依頼が急増したのだ。

お金をもらえば夫に怒られる、と2年間はボランティアで紹介を続けていた。ところが「職業紹介業の許可を取らないと違法行為になるよ」というテレビ局員の忠告を受け、経営に関しては何の経験もなかったが、慌てて会社をつくった。「これから会社を始めます」と宣言した夫はまったく相手にしてくれなかったが、当時85歳だった姑は「これはあなたの天職よ」と言って電話番を手伝ってくれたという。

ディスコのお立ち台でスカウト活動

事務所の設立当時、所属タレントは1人もいなかった。それにも関わらず仕事の依頼は殺到したため、稲川自身で外国人をスカウトするしかなかった。六本木の街角に立ったり、外国人がよく出入りするディスコのお立ち台に上がって、踊るふりをしながら適当な人を探すこともしばしば。こうしたスカウト活動を続けていくうち“眼力”はどんどん磨かれてしまい、街頭で「あなたの風格は社長役にぴったりだ」と、実際にイタリアの情報機器会社の社長に声をかけてしまったり、「教授役をやってみませんか」と英国の著名な大学教授をスカウトしてしまったこともある。

 

外国大使までスカウト

ハイチ人の役を依頼された時も、まさかのハプニング。街中でなかなか見つからず、藁にもすがる思いでハイチ大使館へと向かった。ハイチ大使に紹介をお願いしようと名刺を差し出すと、同大使は机の引き出しから同じ名刺を出してきた。以前エレベーターの中で稲川が同大使と2人きりになった際、相手が本物の大使とも知らずに名刺を差し出し、「あなたは大使の役にぴったりです!」とスカウトしていたのだという。

「顔は履歴書。職業はだいたい当たります」

タレント5200人を超える大所帯に

現在では、のべ145カ国以上、5200人以上の登録を得て、映画・テレビなど様々なメディアに紹介、派遣を行っている。官庁・企業・法人からの依頼によるビデオなどの企画制作、また翻訳・通訳(国語及び母語を含む)・語学指導など多岐にわたる業務も。外国人による「教育国際大使団」を組織し、国内各地で講義・交流の場を提供するなど語学を含めた草の根国際化の向上を目指しての活動も続けている。
(②につづく=mimiyori編集部)  

 

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