【連載「生きる理由」138】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「2年連続でキルギスから弟子が来日した話」~「センセイ」と呼ぶ弟子たち

3カ月間の滞在を終え、帰国する3選手の送別会(提供:合同会社EDGE&AXIS)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は、「2年連続でキルギスから弟子が来日した話」。

2年連続で来日してまで内柴氏に教えを仰ぎに来たキルギス3選手。
内柴氏は今年、弟子たちから来日を打診された時に断ったのだという。
しかし、弟子たちは自力で渡航費をかき集め、熊本・八代市にやってきた。

3カ月間にわたる修業を積み、このほど帰国した。

なぜ、そこまでして自分のもとへ来るのか。
不思議でもあり、うれしくもあり。
そんな心境をつづった。

 

 

 

かっこよくない自分にあこがれてくれている

9月にQUINTETに出場、試合後のインタビューに答える内柴氏(撮影:丸井 乙生)

かっこよくない大人代表の僕。

カッコつけたくない自分もいる。
それは昔から。

キルギス共和国の3人の選手は
現地にいた時でも昨年も今も、僕にあこがれてくれている。

今回、熊本を発つ空港では、涙を流す子もいるくらいに寂しがる姿を見て
(なぜなんだ?)
と不思議になる。
同時にとてもかわいく思う。

その子はね、
もう、僕よりも強くなってくれていて
寝技もグラップリングも柔道をしても、僕はかなわない。

実力を超えてしまえば関係性がないとすると、
そこには損と得しか存在しない社会。

国内、日本、熊本、いやいや、この地域で柔道をしていて
僕を知っている子どもですら、えらくもない僕は「先生」と呼ばれることはほとんどない。

 

“人気”は一過性のものだと知っていた

助手席の弟子が爆睡する中、運転手を務める内柴氏(提供:合同会社EDGE&AXIS)

昔、漫画で
「ブラックジャックによろしく」だったか、
何だったか、
社会的にえらいとされる人が病気になり、
これまでしていたこと、役職をすべて辞めて入院している場面だったかな。

誰も見舞いに来ない。
とても寂しくしていた姿を思い出す。
漫画の世界。
これを読んだのは、それこそ僕がバリバリの選手の頃なので
その時からこのような状況を求めていたのかもしれない。

このような状況。
話を戻すと、僕がチャンピオンとして人気があった頃、
少し早くチャンピオンになった歳の近いチャンピオンたちや自分、
ひと世代昔のチャンピオンの人気。
その時に人気があったのか気配すらない全日本のコーチの姿。

それらを見比べて
「チャンピオンも賞味期限は約5年から10年なんだな」
そう思ったものでした。

元チャンピオンの先輩にコーチについてもらって
チャンピオンの僕がさらなるタイトルを取ろうと頑張りながら共に過ごしていると
街の中で声が聞こえる。

「あっ」
「おっ」とか。
それに先に反応してしまう先輩チャンピオン。

でもね、
僕らに気づいているその人は、僕に気づいていたのであって先輩ではなかった。

当時から冷めていて、「気づかない夢中の人」を見ると自分が恥ずかしくなる。
(先輩、チャンピオンにぶら下がれるのはそこ5年すよ)
とは思うものの、
僕としては身近なチャンピオンへの道の歩き方を教えてくれた大好きな人であり、
少し切なくなるだけでした。ずっと好きなんですけどね。
先輩、当時はまだ夢の中だったなあ。

 

今年も出稽古を断られる

道場「EDGE&AXIS」の練習風景。背景のサーフィンボードは内柴氏の私物(提供:合同会社EDGE&AXIS)

そんな僕は、自分のことをとにかく何とも思ってない。

大きく見せようとも思わない。
力がある素振りも出したくない。

なぜなら、大きくもないし、社会的な力があるわけでもない。

キルギスの3人が来てくれて練習環境が必要であれば、
かすかな柔道のつながりに頭を下げ、言葉で謝り、お願いをします。

性格的に、人にお願いしたくない僕です。

求めているのは僕ではないから、出来るのかもしれない。

「どうか、キルギスの選手たちの練習を受け入れてもらえませんか?」

今年もしっかり断られました。

僕の住む地域の高校に断られました。
「先日、許可したところですが、高校に帰りもう一度話し合った結果、受け入れをお断りします」との事。

 

  それでも集まる弟子たち

出稽古に行くところが見つかると、
「お前らだけで行く練習ね」
という言葉と
「俺も一緒に道着を着ていいって」という言葉がある。

僕を毛嫌いしていても、選手だけは受け入れてくれる道場。

僕を含めて受け入れてくれる道場の
二つがあるのです。

面白いものです。

ここまで社会的に何もない僕を
「先生」と言ってくれるキルギスの3選手はどんな心境なんだろうなあ。
って、ずっと思ってる。


(内柴 正人)

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◆内柴道場「EDGE&AXIS」公式HP

uchishiba-dojo.com

 

◆EDGE&AXIS 公式ショップ

umhy171911.base.shop

 

◆内柴正人氏による柔道指導の動画配信      

内柴氏が現在、熊本・八代市で小学生から大学生を対象に開催している練習会を中心に、指導内容を盛り込んだ動画配信を22年4月から開始している。
より詳しい内容について、メンバーシップ配信も開始した。
メンバーシップ配信では、今回の道場づくりについても動画をアップ中。
詳細は下記YouTubeのコミュニティ欄へ。

www.youtube.com

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

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