【連載「生きる理由」109】柔道金メダリスト・内柴正人氏 後輩との「柔道問答」~心技体を支える必要なもの

日々DIYで改良されていく「EDGE&AXIS道場」。最近、窓をつけた
(提供:合同会社EDGE&AXIS)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は、後輩との「柔道問答」について。

後輩から、子どもたちに心技体を伝えるにはどうしたらいいかと聞かれ、
内柴氏は一般的に言われる「心技体」だけでは足りないと返答する。
心技体を支えるものは想像力、実現力、集中力……。

この問答には、超一流の努力で世界の頂点に立った内柴氏の思考力が表れている。

 

 

心技体だけで足りるのか?

窓をつける前の道場(提供:合同会社EDGE&AXIS)

後輩「先輩! 心技体を生徒たちに伝える機会があるのですが、先輩なら何て伝えますか??」

内柴「あのね——
『将来、親になったり、指導者になったり会社でえらくなったり、人にアドバイスする機会は必ず来ます。その時に経験豊富な先輩に相談したりしないで済むように、今、この瞬間苦しくても将来の自分のために、才能があと少し足らなくても才能を伸ばす努力を怠らない。自分に厳しく、進んで本当に厳しくしていても少し足らないくらいだよ!』
って言う(笑笑)」

後輩「俺のことですか?笑」

内柴「えっ!何が?」

後輩「胸にグサッときました」

内柴「心技体で一番大切なのは?」

後輩「僕は体だと思います」

内柴「笑笑。心技体だけで足りるんか?」

後輩「一般の生徒に伝えることなので足ります!」

内柴「足らんよ。想像力は? 心技体のどこに入るん?」

後輩「心」

 

心技体はマナー

夫人が運営する「EDGE&AXIS道場」のために、休日返上で古タイヤ集めに奔走した内柴氏
(提供:合同会社EDGE&AXIS)

内柴「心のノートと頭のノートは別物だよ。
強い気持ちで頑張る。その苦しい時にさらに心を込めて技を磨く。
この部分が『心』でしょ。
何のために、それが出来るのか。
それは誰しもちょっと先、ずっと先、将来への理想のためでしょ。
イメージしてるんだ。
想像力豊かな人が心をこめて準備する。想像力は心技体の中に入らないでしょ。
ここの意味が分かれば、それが夢をかなえるためのこだわりだよ」

後輩「なるほど。生徒に伝わるかな」

内柴「時代は進化していくのに、いつまで心技体で教えていくの?
心技体は鍛えておくもの。マナーですよ。
その前後に想像力と実現力を備えて夢に厚みをもたせること」

後輩「間違いなく僕もそう思います。
ですが、夢や目標もない子もいるので、その子たちどう伝わるか考えていました」

内柴「夢、持っていたってほとんどの人間はかなわないんだから。
夢はなくても、やるべきことはあることに気づければ、
夢を持っている人間よりモテない人間のほうが成功することもある、
って教えてあげなよ」

後輩「分かりました。深いですね。本当に」

 

努力とは 才能の限界値を常に押し上げようとすること

2019年8月、キルギス共和国の監督として”来日”した内柴氏。日本武道館で試合を見守る
(撮影:丸井 乙生)

内柴「そうしたら夢が持てない、やりたいことが見つからない子たちが
当たり前の日常を普通に過ごすことの大切さを感じられる良い時間になるし、
夢や目標は心が震えるかどうかで持てる持てないが決まるから、
焦ったって見つからない人は見つからない。焦らせないこと。
夢を持っている子は、夢を持ってるだけではかなわない。
想像力をもって夢がかなわない悔しさをイメージできれば、普段心をこめて努力を当たり前にできるし、努力が実る瞬間をイメージできれば。

——努力とは、才能の限界値を常に押し上げようとすることをいい。
自分の能力を基準にせず、
自分の能力の限界値に達した時に心の悲鳴を聞いてやらないことは大事。
目標とした結果を出せるまでが努力だということが分かると思うよ。
それは心技体を学び、心技体――心は悲鳴をあげますし、
技は正しい技こそ身につくまでに時間がかかり、
楽な技はいろんなところに転がってる。どちらに食いつくか」

 

想像力・実現力・集中力

全日本時代の柔道衣(撮影:丸井 乙生)

内柴「身体はすぐ錆(さ)びる。ケガするかしないかギリギリを攻めなきゃ成長しない。そこを支えるもの。心技体を支えるものは何か。

想像力
実現力
集中力

いろんなものが心技体を支えている。
これらを心技体で当てはめないこと。

例えば、
『集中力』

これは集中、集中、集中なんてアホな言葉を投げかける人が多い。
集中とは
今、この瞬間にやらなければならないこと。
これを明確にすること。

何をするか。
その瞬間に
どこまで枝葉にやるべきことをつくることができるか。
手順、約束事をつくり、それだけに取り組むことで次のやるべき課題も見つかる」

 

想像力は心技体を動かすガソリン

内柴「『集中』という言葉を丁寧に考えると。
集中という言葉の中には中身はない。

集中という箱なんだよね。
その中に何を詰めるかは自分次第。
コーチがいるなら、何をその箱に詰め込むか
生徒と考えながらつくらなきゃならない。


そういう考え方で心技体を分厚いモノにしなきゃ
夢はかなわない。
その心技体を動かすガソリンは想像力。
実行する力は心技体の外側を支えるモノではないかなあ。
アクセルかエンジンか。

以上。
風呂屋より」

(内柴 正人)

 

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◆内柴正人氏による柔道指導の動画配信      

内柴氏が現在、熊本・八代市で小学生から大学生を対象に開催している練習会を中心に、指導内容を盛り込んだ動画配信を22年4月から開始している。
より詳しい内容について、メンバーシップ配信も開始した。
メンバーシップ配信では、今回の道場づくりについても動画をアップ中。
詳細は下記YouTubeのコミュニティ欄へ。

www.youtube.com

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

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