【連載「生きる理由」24】】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「瞬間の課題を自分に課す」後編

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温浴施設のマネジャーとして勤務する内柴正人氏。2020年夏当時(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「練習とは何か」後編。現役時代、稽古中はあえて一部の守りを捨ててシミュレーションする練習を重ねていた。後編では、自分で自分に課す「瞬間の約束事」の具体的な内容について。

 

 

自分で自分に「瞬間の課題」をつくる

守りを捨ててるところは守っていない。そんなことより今、今の今、相手を投げようと作戦を組み立て、その瞬間の練習には自分で自分に約束事をつくるんです。

「巴投げ禁止」

「大内刈り禁止」

「切る組み手禁止」

「投げられてでも組む」

「そして動く」

「前に出る」

「相手を追い詰めるために楽な攻め方しないように心掛けて、やっと相手と組む」

――こんなふうに、自分に楽をさせない課題を瞬間ごとに増やしていくと、その数をかなり積み上げた時には投げられることがありました。相手も必死ですから。 

 

相手の芯を刈り取る

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求められた時は柔道を指導することもある。2017年11月当時(撮影:丸井 乙生)

投げられたら、その約束事は自分の中でつくり直し。でも、投げられる直前の感覚は、相手の中に圧力としては残っている。今度はそれを刈り取りたい。人間の根本的なところを摘んでしまうと、強い相手でも芯が抜けるんです。迷うんです。抜けちゃったらもう終わり。 

そこまで刈り取れるまでは、投げられようと息が切れようと、ケガをしていても痛いところがあろうとも、相手の芯を刈り取るまではその人と乱取りをする。

 

 

怒られる程度の練習はしない

でも、根性比べではない。体力勝負でもない。自分のスタイルの中でやっていいことと、ダメなことを流れで決めて一つ一つ相手に技と圧力を伝えていく。ハマれば3分、ハマらないと5分から6分刻みでタイマーは鳴りますが、乱取り3本分はやります。ハマらなければずっとやります。 

なので、どれだけ投げられてもすぐに起き上がって相手を押し込んでいたから、先生に怒られることなんてなかった。怒られる程度の練習はしない、といいうことです。そうやって感覚を身に付けました。

 

誰のために柔道をしているのか 

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稽古後、黙想する内柴氏。2017年11月当時(撮影:丸井 乙生)

卒業して10年くらいは大学に残って学生と練習をしていましたが、そこでよく見たものは、レベルが低く裏表もなく我慢という防御、絞って相手を押さえつけて自分だけが技を掛ける柔道。それが嫌でした。 

たまに、アドバイスをすることもありました。「投げられていいから二つ組め」

「相手に組ませろ」。そうすると、学生たちの答えは決まって「怒られます」「投げられます」です。全員そう。 

「誰のために柔道してるの?」。僕はそう言って、いつも笑っていました。半分、あきれてもいました。国士舘だけではありません。他の大学では「切る切る柔道」、高校では「掛けつぶれ柔道」。いろんなものを見てきました。

 

(内柴正人=この項おわり) 

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に60キロ級で全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

 

 

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