【連載「生きる理由」25】柔道金メダリスト・内柴正人氏 QUINTET出陣 前編

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QUINTETの7・13後楽園ホール大会に出場する内柴正人氏(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は寝技の格闘技イベント「QUINTET(クインテット)」、7月13日後楽園ホール大会出場に向けた思いについての前編。

 

 

 7・13後楽園ホール大会出場

僕は今、試合に向けて生きています。

初めてお話をいただいた当時は、まさかクインテットに出られるとは思ってなかったので、就職して働いて練習を辞めた僕にお誘いが来るなんて驚くしかありませんでした。

 

かと言って、仕事を辞めて練習に専念するなんて事はなく、しっかり仕事もやり切っております。

風呂屋として設備のメンテナンス、風呂、ホテルの客室、草むしり、雑用(素人なりに頑張っています)、接客(得意ではない)、社長との電話(夜中)などなど。

スタッフは女性が多いので、用心棒としての役割もあるのかな。

とにかく、仕事もしています。 

 

 初出場はなかなか認めてもらえなかった

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本業の風呂整備を行ってから練習へ(写真:本人提供)

今回出る大会、クインテットは2回目の出場です。そして、2回目にして頑張る理由が増えています。

まずは会社。厳しい社長と教育係先生のもと、信用してもらって1店舗を1人責任者として働かせていただいています。

前回初めて出場する時(2020年10月)は準備期間から試合まで、社内では厳しい声がありました。

ずっとののしられているような状態でしたが、自分の人生を振り返りながら、これが直近の自分に対する評価だと受け止めていました。僕はこれからの自分を見てもらうしかないのです。 

 

心の中で答えは出ていた 

でも、チャレンジしたいことは絶対にやる。そんな思いで、練習相手のいない地域で試合に向けた練習をコツコツと短期間でやっていました。

その厳しい声は、要するに「仕事をやれ!」ということ。

加えて、この会社に入るまで競技を選ばずに探しても、僕が試合に出れるものはなかったし、僕が何より大切にして来た試合に出れるための練習をしっかりこなせる環境がないから、スポーツを辞めて仕事に就いたのです。

 

心の中で、僕の答えは出ていました。

 

いろいろな方々が動いてくれた 

出場を許してもらえない時期は、準備もあるので「もっと早く決まってほしいなあ」とも思いましたが、僕がこの大会に出るためにいろんな方々が動いてくれていた。僕が練習を辞めて、何もしなくなった後でも動いてくれたようです。もう、感謝しかありません。 

だから、それを聞いて「仕事してるから出ない」なんて弱気なことは言えませんでした。また、前回、僕が試合に出ることによって1人欠場した選手がいましたし、出場についての賛否を表に出そうとする方々もいました。 

 

頑張る理由は 学生たちとの交流 

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練習に出掛ける前に準備する「練習セット」。柔道時代から、経験で学んださまざまな物を用意する(写真:本人提供)

実際、この歳になって練習で自分を追い込むのは、ハンパなく大変です。しかし、今回もまた応援してくれる人が増えて、僕は頑張る理由の一つとできました。

一番は、柔道場で自分が監督をしている学生相手にアドバイスを送れるようにしてくれた後輩先生が、僕に学生の指導を任せてくれていることです。

僕が指導に行けない日がほとんどなので、僕の作った方針を監督自身が学生に落とし込んで指導してくれています。監督自身が分からないところは電話してきてくれたり、メールしてきてくれたり。

僕は今さら誰かに指導するのは恥ずかしく、道場へ行っても「風呂屋のおっさんに技術を習うなんて」と、ふざけながらも、まじめに気持ちを伝えています。

 

出場できるからこそ仕事も頑張れる 

こうしていたところにクインテットからのお誘いがありました。

僕の答えは心の中で出ています。

 

でも、悩みは会社。また、怒られるのかな? 

そうしたら、答えは「お前が社会から後ろ指を刺されずに何も言われないならどんどん出なさい」。この言葉で、調子に乗らずに「仕事を頑張るぞ!」と思えたのは言うまでもありません。 

(内柴正人) 

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に60キロ級で全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

 

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