【連載「生きる理由」92】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「すべて違う技で五輪を勝ち進んだ理由の話」

休日はあえて勤務先とは違う浴場へ行き、風呂について学んでいる(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「すべて違う技で五輪を勝ち進んだ理由の話」。


自分でも細かすぎると思う、その技術を伝えた夏。
現役時代は、04年アテネ五輪ではすべて異なる技で勝ち進んで金メダルを獲得した。
その理由について明かす。

 

 

 

出来ないうちは守り抜くこと

22年5月頃の内柴氏(写真:本人提供)

今でこそ
一つ一つの技術がパックになって
ひとパック、
ひとパックの中にある必要な動きは全て同じように似ていて

全部を知ると何にでもつなげられる。

そんな僕の技術は簡単に思える。

技術とは、出来ないうちは力んででもその形をその動きを押し通すこと。
動きが滑らかになるまでは、強引にでもつなげていいんです。

 

押し通す覚悟を決める

でもね、
なかなかそれを押し通せる選手って、いないものなんです。

求める技術を強引にでも押し通せる強さがあるのならば
僕のところには来ない。

結果、
いつどこでそんな覚悟をするのか。

 

勝負の日まで技術が完璧になることはない

育てている金魚は尾が美しい(写真:本人提供)

技術から学ぶ、
技術だけでは勝てないことを知り、力をつける。
勝ちたいあまりに目指す技の形を強引に仕掛ける。

無理やりその形に持っていくことも大切であり、
投げた後、試合に勝った後に
あれは強引だったと反省をする。

勝負の日までに技術が完璧になることはまずないのだから、
強引さも技術のうち。
力の中に技はある。

 

決め技を一つにしなかった理由

21年11月の内柴氏(撮影:丸井 乙生)

年月を掛けてうまくなることも目指し、その中で欲しいタイトルは意地でも手に入れる。

出来ればね、
手に入れるタイトルの中に、身につけた技を1つでも多く試合で使って見せたいものです。

僕が決め技をわざと一つとしなかった理由は、そのそれなんですよね。
はい。

ひとつの技で勝ち続ける方が難しいと僕は思います。

 

(内柴 正人=この項おわり)

 

◆内柴正人氏による柔道指導の動画配信      

内柴氏が現在、熊本・八代市で小学生から大学生を対象に開催している練習会を中心に、指導内容を盛り込んだ動画配信を22年4月から開始している。

より詳しい内容について、メンバーシップ配信も開始した。

詳細は下記YouTubeのコミュニティ欄へ。

 

www.youtube.com

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

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