読んでいるうちに行ったつもりになれるかもしれない、プチ旅行の紀行文コラム「行ったつもりシリーズ」。
今回は神奈川県の三浦半島をサイクリングで一周。ルート沿いにある灯台やサイクリングのモニュメント、秋の花をめぐりつつ、デジタルスタンプラリーにも挑戦。第2回は浦賀の渡しから久里浜の先まで走っていく。
江戸・幕末の香りを残す 渡し舟と灯台
観音崎のたたら浜から海岸沿いに西へ約2.5km走り、「浦賀の渡し」へ。ここは、浦賀港を横断する渡し舟の東岸の乗り場。200mちょっと離れた西岸までを結んでいて、乗りたい人は待合室のボタンを押すと、舟が対岸に泊まっていても迎えに来てくれるシステムのようだ。
ちょうど対岸から渡し船がやってくるところで、そのエンジン音から地元ではポンポン船と呼ばれているという。この海上の道「浦賀海道」もれっきとした市道2073号線で、市民や観光客の脚になっているようだ。ちなみに、ここはデジタルスタンプラリーのポイントのひとつで、QRコードを読み込んでおく。
この渡し舟は、江戸時代から運行しているという。また、東岸の乗り場のそばには、かつて徳田屋という旅館があったと記されている石碑がある。その徳田屋は、吉田松陰が黒船を見るために浦賀に来たときに泊まり、師・佐久間象山と協議したという歴史の舞台でもある。残念ながら、その旅館は関東大震災で倒壊したそうだ。
渡し舟の乗船料は大人400円(横須賀市民200円)で、自転車はプラス50円で載せることができる。風情を味わうために乗っても良かったが、ちょっと高いし、陸路で大回りしても2㎞ぐらいで、自転車なら時間的にもあまり変わらなそうだ。
結局、自転車で港を回ってそのまま南へ向かう。細い道に入ると「燈明堂跡」という江戸時代に造られた灯台の跡がある。自転車をとめて数10m歩くと、昭和63年(1988)に復元された燈明堂がある。
この燈明堂は慶安元年(1648年)から 明治5年(1872年)まで約220年間、1日も休まず浦賀港に出入りする船の安全を守ったという。菜種油で灯された光は、4海里(約7.2km)先まで届いたそうだ。
ペリー上陸の海岸へ
今度は約2.5km西の「ペリー公園」へ。日本史の教科書に出てくる外国人としては、キリスト教を伝えたザビエルと双璧をなすペリー。嘉永6年(1853年)に黒船4隻で浦賀沖に来航し、江戸幕府に開国を迫ったのは周知の通り。
そのペリーが最初に上陸した久里浜海岸に、ペリー公園はある。
公園の中央には、ペリーとともに黒船に乗っていたピアズリーらの呼びかけで、1901年に建てられたペリー上陸記念碑があり、公園の片隅には当時の資料などを展示するペリー記念館がある。
コスモスの久里浜
続いてはペリー公園からさほど離れていない「くりはま花の国」へ。
秋には約100万本のコスモスが咲くことで有名な公園だが、敷地が広くてどこがコスモス園に近い入口か分からず、行き過ぎたり、グルグルと大回りしたりと迷ってしまう。
結局、ペリー公園から1.5kmぐらいで行けるところを、約5km走ってしまった。ちなみに地図アプリでルート検索する時は「くりはま花の国」の「第1駐車場」を目的地にすれば良く、駐車場内にはサイクルスタンドもあった。
実は今回の旅のメインとしようと思ったコスモスだが、残念ながらちょっと満開の時期を過ぎていて半分ぐらい花が散っていた。春には、同じ場所でたくさんのポピーが咲くそうだ。ちなみに、ここもデジタルスタンプラリーのスポットの一つ。
海岸に沿って西へ
「くりはま花の国」を出て、東京湾フェリー乗り場の前を過ぎ、海岸線に沿って走る県道212号・北下浦海岸通りを西へ。
約5km走ったところにある野比海岸の駐車場の片隅にサイクリングのモニュメント、マイルストーンの2つ目「北下浦海岸通り」がある。モチーフは「水仙」で、毎年1~2月には海岸通りに約100万本の「水仙」が咲き誇るという。それも、見に来たいものだ。
というわけで、今回はここまで。次回は三浦市に入り、剱埼灯台から三浦半島の先に浮かぶ城ヶ島へ向かっていく。
(光石 達哉)