【連載「生きる理由」94】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「趣味を始めたら 仕事について考えた」話

育て上げた金魚(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は、金魚の世話をするうちに「仕事」について考えるようになった話について。

自分が出来ること、やりたいこと。
そして「仕事」とは何なのか。


自問自答している。

 

 

 

もはや日々のルーティーン

水槽の水換えもひと苦労(写真:本人提供)

朝起きて、水換え。
餌やり
朝起きて水換え、
汚れたら水換え

底は洗うけど、側面は苔を育てるために擦(す)らない。


毎日毎日、
水を換えると魚が喜ぶ。
(らしい)
水槽は、工事現場だとかで使うセメントをこねる「舟」という大きな容器を使います。

100リットルとか大きいモノが4個
少し小さいのが3個。
これにかなりの時間が取られます。

毎朝、金魚を別の容器に移して「舟」を洗う。
笑っちゃうくらい時間がかかる。
前述の「預かっている気持ち」があるからやれるんですね。

金魚、毎日うんこしてパクパクしてうんこするんです。
水替え直後に立派なうんこをする。

 

おなじみの漁師が預けてくれた

水温管理には慣れてきた(写真:本人提供)

金魚を預けてくれた人
水俣の漁師、ゆきおくん。

魚を獲る漁師が今は魚を育てている。
その前はメダカ、知っている限り、モンキーバイク等々

ゆきおくんは漁師をしながら、いろんな趣味を持ちながら今は金魚を育てている。

出来ればモンキーバイクが良かったな。
あの頃、僕はまだ現役中で趣味なんて持つ余裕がなかったんだよなあ。

なんて思いながら僕も今、金魚を育てている。

 

これは趣味なのか?

 

初めて「働いた」――3年経って

2017年秋、まだ生き方を模索していた時期。さまざまな人から電話がかかってきた(撮影:丸井 乙生)

さて、
最近、仕事について思います。
この仕事、
僕がやらなくても、ほかの人であればもっとちゃんと仕事としてしっかりできるのではないか。

先日、休みで
家族でご飯を食べている時に
相談してみた。

普通の仕事をやり始めて、
もうじき3年となり、「働くこと」というのは出来るのかなと思った。

 

仕事とは何だろう

仕事で何かを初めて修理する時は、最初に写真を撮ってから作業を開始する(写真:本人提供)

ここで一つ、
仕事とは何だろう。

何だろう。
この先、僕に出来る仕事とは何だろう?
何が出来るのかな?

いろんな疑問があり
歳も44となり
まだまだやりたいことがたくさんある。

 

あるのだろうか。

(内柴 正人=この項つづく)

 

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

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