これまで番組などで直接取材した経営者のかたの哲学についてまとめたコラム。
救世主は「バカにしていた人」だった
すべてを失った南原に救いの手を差し伸べたのは、かつてバカにしていた「遊んでいる社長」だった。その社長が、「もう1度、頑張ってみたらいい。家賃は1年後でいい」と、会社の空きスペースを貸してくれたのだ。背中を押され、自分にはやはり会社経営しかない、と決心した南原はそこで人材派遣会社を始めた。しかも、始めようとしていた矢先に、解雇した社員のうち4人が戻ってきた。
この一連の出来事が、南原の考え方を大きく変えた。かつての“パワハラ社長”は、人との出会いに感謝し、社員を信頼せず自分本位だった経営を猛省した。「これからは社員を信頼しよう。意見を尊重しよう」と決意してからは、多事業展開がうまくいき始めた。ある程度は人に任せられるから、さまざまな分野に手を広げることが可能になったのだ。
社員が一番の財産
まずはM&A、買収の仲介で1億円を稼いだ。そのお金を元手にレンタカー会社の買収、メディカルケア会社の買収と事業を拡大し、出版・メディア事業、飲食店経営事業なども手がけた。現在では、グループ全体で年商約120億円の社長に返り咲き、一気にV字回復を果たした。
社内では、笑顔で社員とコミュニケーションを取り、社員の意見もよく聞き入れる。交流を深めるため、食事に誘う機会も増えた。「社長にとって社員は一番の財産である」とまで言い切るようになった。
ジム事業で肉体改造も成功
現在の南原が力を注ぐ事業の1つに、ジム事業のコンサルタントがある。10年ほど前は、どこにでもいる中年体形だったが、ダイエットと肉体改造を目的としたトレーニング施設「LIVITO(リビト)」(名古屋、東京、三重)を設立するとともに、自ら実験台となってトレーニングした結果、肉体改造に成功した。
肉体改造成功時は身長172センチ、体重64.5キログラムで、体脂肪率はなんと8.6%。最近は会食が多く入っているため、体脂肪は12%前後まで戻ったが、それでもトレーニングを続けながら引き締まった体形を維持している。トレーニング効果が最大限に出るよう、食事管理は怠らない。強化した日はたんぱく質を多く摂取し、会食などで思うように摂れない日はプロテインで補ったりしている。
「ぼく個人は“脱いでもかっこいい肉体”を目指しているので、それに合わせて腸腰筋を鍛えたりしています。大胸筋も下ではなく上を鍛えたいので、目的によってトレーニング内容を少しずつ変えています」
成功も失敗もすべては「自分」
ゼロからビジネス、そして肉体改造を成功させた南原が考える復活の秘訣とは。「秘訣なんてものはありませんが、僕は成功も失敗もすべては『自分』だと考えています。成功すれば次のステップへ進むし、失敗したとしても自分の責任。ただ、あきらめないことです」
借金を返済していた期間中、不動産で3億円を当てた時がある。数万、数十万円しか入っていなかった通帳に、ある日、3億円が振り込まれた。その通帳は現在も大事に持っている。かつては高級外車を乗り回していたが、「フェラーリが欲しい」「ダイヤモンドが欲しい」といった贅沢にはまったく興味がない。部屋が余るような豪邸に住むのは無駄と考え、部屋の大きさも「立って半畳、寝て1畳あれば充分」と笑う。
(おわり=mimiyori編集部)
南原竜樹(なんばら・たつき) 1960年5月29日、岡山県生まれ。愛知工業大学を中退後、自動車の並行輸入業を始める。88年に、株式会社オートトレーディングルフトジャパンを設立。スーパーカーや高級車の輸入権を獲得する。05年、経営危機に陥ったが会社を再建し、LUFTホールディングスとして多方面で事業を展開している。