【ビジネス】経営哲学=相模屋食料 鳥越淳司社長 妄想の中に未来がある③

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(写真:photoAC/HiC)※写真はイメージ 

これまで番組などで直接取材した経営者のかたの哲学についてまとめたコラム。

 

まったくの“豆腐素人”だった娘婿が、日本最大の豆腐メーカーを築き上げた。

『ザクとうふ』や『焼いておいしい絹厚揚げ』などで知られる豆腐製造会社「相模屋食料株式会社」の鳥越淳司社長は、元サラリーマン。02年に妻の父親が社長を務めていた同社に入社し、07年に社長に就任した。

以来、数々のヒット商品を生み出し、豆腐業界初の売上高100億円を達成。『マスカルポーネのようなナチュラルとうふ』が経済産業大臣賞を受賞するなど、妄想癖を武器に次々と斬新な商品を開発するアイデア性と経営手腕が注目されている。

 
 

 

 

午前1時から豆腐修行

02年に相模屋に入社した鳥越は、毎朝、午前1時から豆腐作りの勉強を始めた。

現場の頭領や親方風情の人に「教えてください」と頭を下げたが、職人気質でまったく教えてもらえなかった。そこで、職人の仕事を見様見真似で覚えた。

目にしたことを体の芯までしみ込ませることができたから、かえってよかった、と振り返る。

豆腐作りを一から覚えたのにはわけがある。雪印時代の後悔の1つが「モノづくりを知らなかった」ことだった。

謝罪行脚で、製造工程を答えられない場面があった。
「サラリーマンだったから、『やらなくていい』『知らなくていい』とどこかで思っていた。でも、それはものすごく罪なことだと痛感した」

社運をかけた大勝負に出る

04年、近所の工業団地の一角が売りに出た。売却先を早めに見つけたいから、と相模屋は購入の即断を迫られた。

経営陣の意見は割れ、多くが反対した。しかし、鳥越は買いたいと主張。内心は買いたいと思っていたはずの義父に「挑戦したいです!」と訴えて購入を決断させた。工場をオートメーション化したいという考えがあったからだった。

新工場と併せ、当初の予算は10億円。しかし、鳥越が目指すオート化の工場は約40億円かかることになり、社運をかけた大勝負となった。

05年7月、日本最大の豆腐製造工場となる相模屋食料第3工場が稼働。人の手を介さないため、豆腐は熱いままパッキングができ、風味もよい。雑菌が繁殖しにくくなり、消費期限も伸びた。それまで豆腐は毎日、小売店に運んでいたが、相模屋の豆腐は長持ちするから大きなトラックで運べる。流通効率がよくなったことで、小売店はますます相模屋の商品を仕入れるようになり、豆腐の市場は一気に変わった。

妄想癖はマンガの影響?

実は、鳥越は大のマンガ好き。

特に好きなマンガは「F」「沈黙の艦隊」「H2」「クロスゲーム」「スラムダンク」などで、すでに大半を夫人に捨てられているが、自宅にはマンガだらけの本棚がある。

「小難しい理論よりわかりやすい」  

社長になった現在は1カ月に1回、幹部クラスを集めて精神論の話をするが、話す内容はほとんどがマンガから応用したもの。スラムダンクからは、「常勝軍団は『絶対に勝つのだという意志を持つ』『相手を下に見ない』『どんな相手に対しても200%の力を出す』」の“常勝軍団になるための3箇条”を頂戴して説いた。

マンガ好きな一面が、鳥越の妄想癖につながっているのかもしれない。

ビバ妄想!

妄想の中にこそ未来がある、と信じている。

売上30億円時代に、鳥越は「目標1000億円」をぶち上げて笑われた。しかし、豆腐業界で初の売上100億円を達成し、15年には200億円を突破。新工場の稼働で、1000億円も決して夢ではない急成長を続けている。

『ザクとうふ』を開発した時は、サラリーマン夫婦がスーパーへ買い物に行った場面を妄想し、『マスカルポーネのようなナチュラルとうふ』が売れることを夢見て、東京ガールズコレクションで豆腐がランウェイを歩く場面を妄想した。

大きな借金をしてまで新工場を建設した時にも「豆腐の世界には圧倒的な企業がない。そのような存在になる」と妄想した。

「こんな豆腐は作れないだろうか」

妄想を周りに話し、バカにされながらも「おもしろい」と言ってくれる仲間を少しずつ増やしていく。何かをやりたいと願い、実際にやりきった感動を仲間と体験することが鳥越の生きがいとなっている。

(おわり=mimiyori編集部)  

 

 

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