【連載「生きる理由」125】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「道場生が大会に出場した話」前編~徹夜仕事後に上京

関東大会で優勝した教え子をねぎらう内柴正人氏(撮影:丸井 乙生)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は、「道場生が大会に出場した話」前編。


温浴施設の徹夜仕事を終えた直後、
関東大会に出場する道場生の子どもたちを見守るために
仕事場から空港へ直行。

汚れだらけの姿で飛行機に乗りながら、仕事、子どもたち、そして家族に思いをはせる。

 

 

徹夜作業から飛行機へ

汚れた格好のまま飛行機に飛び乗った内柴氏。バッグ代わりに何と「かご」を持って搭乗(提供:合同会社EDGE&AXIS)

押忍
今、ソラシドエアの飛行機の座席です。

作業着のまんま、徹夜で作業したそのまんまの姿で飛行機に搭乗してしまいました。

徹夜の作業。
温泉ですからね。
温泉の汚れ、施設のホコリのあるところにどんどん進んで入っていくのが仕事なので
隣の座席の人に申し訳ないくらいの汚れ方であります。

はい、
3席あるド真ん中。

両隣のおじさんとおじさん。
あー、
おじさんで良かった。と人生初めて思って座りました。

 

汗と汚れにまみれる仕事

ポンプなどを修理するため、内柴氏の仕事は油汚れがつきもの(提供:合同会社EDGE&AXIS)

きょうはね、
先輩風呂屋さんと2人で、5.5のポンプと3.7のポンプ交換。
混合栓(温度調節ができるシャワーですね)の交換。

あとは
温泉タンクの掃除の手伝い。
家族風呂の配管の水漏れの修理。
全部を自分でやったというより、先輩風呂屋のサポートですね。

分かるところは「やらせてください」、
分からんところは、(分からんだろう)的に先輩が先に動いてくれる。
見て学ぶ。

今ね、
おじさん3人座席に座っています。
またまた、3人ともジーンズです。
僕のジーンズ(作業着)は破れ、汚れ、最悪です。

 

仕事後に無理矢理上京

上京後に先兵隊と合流し、運転手を務める内柴氏。子供たちの保護者と夫人は元気いっぱい(提供:合同会社EDGE&AXIS)

本当ならば
作業が終わり、自宅や実家(こっちが近い)に帰ってシャワーを浴びて身支度して予約して空港へ向かう。

これが一番大人です。

悩んだんです。

会社としては
風呂屋のボスが、きのうの閉店直後からきょう1日店を休んで修理、修理、修理だと
前もって言われていたんです。

何カ月も前から。

来たる日は、どんなに遠くても過ぎ去りし日々となる。
経験上の話。

今回の風呂屋の修理は、僕の担当の店舗ではない施設。

準備といえば、体をあけておくこと。
そのくらいです。
経験でしか修理できませんからね。

 

その体に別の予定が入る。

妻が教える柔道クラスの子どもたちが試合に出たいとのこと。
妻も出してみたいと。
「先生(僕)、来られないかな?」

僕、誘われたら断れない人。
期待に応えたい人。

「来られないかな?」
行けるわけないじゃん、作業、仕事だよ。

今、汚れまみれで飛行機に乗っております。

 

先輩と力を合わせて仕事

手に油汚れが付いたまま飛行機に(提供:合同会社EDGE&AXIS)

ツメのすき間に黒ずんだ油汚れ。

でもさ、
子どもたちも妻も
たまにある、練習時間に来た内柴正人がやたらと汚れている姿は見ているので慣れてはいるはず。

けさ、
妻と選手たち、その母ちゃん2人は練りに練った計画通り飛行機に乗り、成田に着いたということでした。

その頃、僕は混合栓の交換をしていました。

人間が作った、人を鍛えるためのトレーニング器具はなんて持ちやすいことでしょう。
バーベル、グリップがあるからね。

温泉のラインポンプ、持つところがないからさ。
天井に吊られている配管。
その配管の温水や水を循環させるポンプをどうやって交換するのだろうか。
この仕事を初めて知りました。

指の掛からないポンプのどこかに指を掛け、精いっぱい持ち上げる。
持ち上げるルートの途中に配管、バルブ、支えの棒をかわしながら持ち上げる。

あははは、
笑っちゃうんです。

でもね、
夜の閉店に合わせて他の店舗から経験のある先輩と集まって作業をしていく中で
交換して備えつけたポンプからの水漏れがあったりすると心から一緒にがっかりします。

心からがっかりです。
原因を探してまた、持ち上げる。直して持ち、下ろす。

下で支えてくれる先輩の指を挟めば、つぶれる重さ。
トレーニングなんか、苦しければ重さ次第で妥協できます。

人の指はつぶせない覚悟をしていた分、自分の持てる力以上の集中と意地を張ります。

こんな時に、僕は自分が成長しているのではないかという気持ちになります。


(内柴 正人=この項目つづく)

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◆内柴道場「EDGE&AXIS」公式HP

uchishiba-dojo.com

 

◆内柴正人氏による柔道指導の動画配信      

内柴氏が現在、熊本・八代市で小学生から大学生を対象に開催している練習会を中心に、指導内容を盛り込んだ動画配信を22年4月から開始している。
より詳しい内容について、メンバーシップ配信も開始した。
メンバーシップ配信では、今回の道場づくりについても動画をアップ中。
詳細は下記YouTubeのコミュニティ欄へ。

www.youtube.com

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

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