【連載「生きる理由」128】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「七帝柔道ルールで試合をした話」後編~"内柴選手"の現在地とは

道場設立後初めて迎える夏。子どもたちに汗だくで指導する内柴氏(提供:合同会社EDGE&AXIS)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。

内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「七帝柔道ルールで試合をした話」後編。

地元・九州の学生と柔術家の団体戦(勝ち抜きの15人制)に急きょ出場し、新鮮なルールで戦うことに。個人としての結果は3人抜き、4人目で引き分けた。

仕事、今年オープンした内柴道場、そしてオファーがあれば試合に出場する現役柔術家として多忙な日々を送る中、現在の立ち位置に思いをはせた。

 

 

団体戦の醍醐味

夫人が監督を務める道場で扇風機の調整。エアコンがないため、熱中症には気を遣う(提供:合同会社EDGE&AXIS)

この戦いはね、たぶん
抜き役、引き分け役がいるんです。

勝ち抜き戦の団体だから、抜き役の人が抜いて
次の相手に負けていたら結局意味がない。

抜いたら抜き続けるか、
どこかで引き分けて終わらないとチームが苦しい。

また、相手チームの抜き役を引き分け役の人が抑えることが出来ればチームのためになる。


これ、
僕が1人目を押さえ込んでいる時に感じたのは
1人目の学生さんは押さえ込み30秒で勝たせてもらったんです。
30秒、昔のルールは30秒抑えないといけない。

大体、10秒しっかり抑えれば相手はあきらめるんです。

でもね、
抜き勝負の団体戦でしょ。

目の前の選手は今、この瞬間に抑え込んでいるから終わりなんです。

「押さえ込み」
ここから相手の選手は逃げるんです。
30秒、抑え込んでいる間に体力を回復させたいのに
下にいる彼はブリッジするんです。

エビのように逃げるんです。

次に備えたいのに、目の前には逃げる相手。

もしかしたら
これも団体、チームのために負けが確定しても最後までチームのために動いているんだろうなあ。
なんて感じながら、心の中で「絶対に離さないもん」の精神で勝たせてもらいました。

 

前夜に急きょオファー

職場で修理している部品を道場生に見せる。自分たちが入っているお風呂がどうやって沸かされているか、先生の仕事はどんな内容なのか。社会科見学の一環(提供:合同会社EDGE&AXIS)

この練習試合的なイベントにお呼ばれしたのが前日の夜中。
当日でいえば、夜中0時過ぎでした。

あること自体は知っていたけれど、
自分が必要とされるとは思ってなかったので
のんびり忙しく、いつも通りの仕事をしていた時間。

そんな誘いをいただいたもので
喜んでその日、会社を抜けられるように打ち合わせして
機械室の面倒をちゃんとみてから支度しました。


試合の準備とは、
僕の試合の準備とは何か。

まず、職場のスタッフのシフトに穴がないか確認。
あれば頭を低く、休みのはずのスタッフにお願いしまくる。

次に機械室の機械、配管などに本物の穴が空いていないか確認します。

あれば、あわてて直します。
なければ危うい箇所を探します。

ホテルの宿泊の数、食事、清掃。
深夜清掃のスタッフ。
修理。

まったくと言っていいほど、競技の準備は出来ません。

それでも、
必要としてくれる人がいれば
準備不足だけど、身体をもっていくことにしています。

 

久々の団体戦で新鮮な感覚

熊本でジョギングをする内柴氏(提供:合同会社EDGE&AXIS)

2年前かな、
いつも通り準備不足で減量だけして負けた試合もありますが
負けて呼ばれなくなるような試合は
出らんくていい、とも思っています。

強い選手を見たければ、強い人を呼べばいい。
僕は何でもない昔の人。

よく、
勝ち続けなければ意味がない、
価値がないと言われることはありますけど
僕の人生において、それらはもう終わった話なんです。

勝ちきったもん、2回。

その美徳は今でも欲しいよ。
その緊張感、
気だるい感じの緊迫感。

今はもう、練習は基本ジョギング。
簡単な運動しかする時間がないのだから、
パフォーマンスの軽やかさは期待しないで遊んでくれる方々がいればいいかな。

なんて、
柔道も柔術もグラップリングも
すべてをかけて日々戦える環境を準備できる人をうらやましく思い、
すべてを捨ててでも、その条件をつくり上げる勇気がある人を尊敬します。

僕はビビりなので
少しずつ
ジョギング程度の運動で仕事メインに何かチャレンジが出来ればいいなあ、
とあきらめております。


また会おう。

頑張れ九州大学柔道部。

 

(内柴 正人=この項おわり)

 

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◆内柴道場「EDGE&AXIS」公式HP

uchishiba-dojo.com

 

◆内柴正人氏による柔道指導の動画配信      

内柴氏が現在、熊本・八代市で小学生から大学生を対象に開催している練習会を中心に、指導内容を盛り込んだ動画配信を22年4月から開始している。
より詳しい内容について、メンバーシップ配信も開始した。
メンバーシップ配信では、今回の道場づくりについても動画をアップ中。
詳細は下記YouTubeのコミュニティ欄へ。

www.youtube.com

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

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