【連載「生きる理由」140】柔道金メダリスト・内柴正人氏~遠回りのようで最短距離となる夢への歩み方

2023年12月16日、横浜・小見川道場で柔道セミナーを開催する(提供:合同会社EDGE&AXIS)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は、「五輪にかける時期の心の持ちよう」について。

天才肌ではなく、血のにじむような努力の末に、かつてかなえた夢。
これから夢を追う人へ贈る、遠回りのようで最短距離となる夢への歩み方についてつづる。

 

 

 

夢がかなうために見合う努力をしている時期はしんどい

夫人が監督を務める新道場「EDGE&AXIS」では、子どもたちのためにクリスマス会を開催する予定。内柴氏が飾り付けた(提供:EDGE&AXIS)

悪魔に魂を売れるものなら売って、誰にも負けない強さが欲しい。
夢がかなうのならば、かなった瞬間に死んでもいい。

なんて自分の人生を呪う日々もあったけれど。

魂を買ってくれる悪魔なんてどこにもいない。
練習するしかない。
そんな日々は途方に暮れるものでした。

かなわない時期に、「かなう」に見合う努力をしていることがどれだけしんどいか。
早く人生が終わらないかなあ。
なんて思っていた頃。

かなう瞬間はあっさり突然やってくるもので、
笑っちゃうくらい今まで大切に信じてきたことが、はらりはらりと瞬間に決まる。

中学生の頃に初めて日本一になった日に
勝って、負けた選手のように泣き続けた恥ずかしい経験があるので
一番大きな夢をかなえた瞬間に泣いてしまうのかな、と
顔を手で覆ったまでは良かったけれど、
涙なんて出ないし、顔を覆った手の意味がない。
勝てる相手に勝っただけ。

かなう瞬間とはあっさりとしたもの。
そして、死んでない。

 

とにかく信じて突き進む

新道場の入り口にはクリスマスツリーが飾られ、奥の畳では子どもたちが練習(提供:EDGE&AXIS)

あれだけ苦しくて、もだえてきた独りの時間。
突き抜けて、すべての状況で自分の信じる動き、技を約束通りに行うことができた。
突き抜けられた大会があり。

結果から言えば、すべて練習通りのやってきた
すべての技を使えた大会でもあった。

これは現実なのか、まぐれなのか。
確認だけがしたい時期に入る。

スタイルや技には、流行りがあり対策がある。
よって、同じ強さで同じタイトルは獲ることはできない。

しかし、良かった時期の良かった経験を探るように求める自分がいる。
過去の最強を求めてしまう。

夢をかなえるために必要なことは
答えのない答えを見つけて、それが間違えているかどうかではなく
とにかく信じて突き進む。

 

「やめたい」をやめる

1年目、失敗。
2年目、全然ダメ、
3年目、まったく“自分についてくる”ことができない。
最後の年、もう、いい加減「あきらめる」ことをあきらめる。
「やめたい」をやめる。

タバコは、タバコをやめるくらいなら練習を増やす、強度も高める。

無駄を含めた覚悟ばかりの生活。
後ろの最強を追いかけないで
新しい自分をこれまで信じてきた、教わってきた柔道スタイルの中でつくり上げることにこだわる。

 

ベテランは「経験」を捨てること

練習の中には、沖縄相撲を取り入れている。写真の相手はなんと道場生の保護者(提供:EDGE&AXIS)

重ねた年齢は今思えば、めっちゃ若いけれど、
当時は少しでもあきらめれば引退させられる年齢。

今は知らないけれど、僕が若い頃から当時までは「ベテランは経験があるから」という理由で練習量を減らす人が多くいた。

ベテランといわれる年に入り、勝てない日々を過ごして感じた感覚は
ベテランの経験なんてものを信じて
せこくせこく戦って勝ちを拾うスタイルに変えたとしても、
それが通じるのは世界ではなく。
国内の講道館杯だとか福岡体重別だとか、
国際大会でもそこそこ頑張れば良い選手であれば通用するもの。

絶対に結果の出せる柔道をと考えた時に
「負けてでも前に出て自分から試合を作る柔道」をするには
経験などは捨てて
不器用にトレーニングに励み若手より力をつけて、
相手を押し切るくらいの準備をするのがマナーだろう。

さらに、
試合は混沌とするだろう。

それをそのまま計算通りにいかせることができた2回目がある。
最強ではない僕が夢をかなえたその昔の話。

 

夢がかなわない時期は「リズムと角度」がズレている

子どもたちだからといって、簡単なことを教えるのではなく、内柴氏がつかんだ柔道の極意を言葉にして指導している(提供:EDGE&AXIS)

なんだろうなあ。
やはり
負けると悔しい。
でも、
勝てない時期が一番苦しい。

勝てるようになった瞬間
「何やったっけ?」
それまでの苦しみ、苦しい時間を過ごしてきたことすら忘れるくらい簡単な気がする。

そんな僕の感覚。

要は、負けそうな姿勢の時に逆転できる動きをすればいい。
相手の攻撃を正しい姿勢で、正しいタイミングで受ける。
受けたリズムで正しい角度で攻めればいい。

まあ、それだけの話なのだけれど。

夢がかなわない時期というのは
リズムと、角度がズレまくっている。
それをわざとズラしてしまっているのか。
知らずに角度が合っていないのか。

たかだか、それだけの話なのに
人生をかけて夢として追いかける。

それはそんな時期がなきゃね。

僕が知っているのは
自分の歴史には負けた記録は残らない。

なので
挑みたい時期、挑みたいものがあることは素晴らしいこと。

「習う」から「挑戦」に切り替わる時期。


(内柴 正人)

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◆内柴道場「EDGE&AXIS」公式HP

uchishiba-dojo.com

 

◆EDGE&AXIS 公式ショップ

umhy171911.base.shop

 

◆内柴正人氏による柔道指導の動画配信      

内柴氏が現在、熊本・八代市で小学生から大学生を対象に開催している練習会を中心に、指導内容を盛り込んだ動画配信を22年4月から開始している。
より詳しい内容について、メンバーシップ配信も開始した。
メンバーシップ配信では、今回の道場づくりについても動画をアップ中。
詳細は下記YouTubeのコミュニティ欄へ。

www.youtube.com

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

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