【連載「生きる理由」16】柔道金メダリスト・内柴正人氏「トレーニングとは何か」後編

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地元・熊本で働く内柴正人氏。自然に囲まれながら生きている(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

17年9月の出所から現在の仕事に就くまでの数年間、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、「トレーニングとは何か」について前編。

 

 

何より負けたことが一番悔しい

大学1年の時、僕は高校チャンピオンで大学に入ったはいいものの、入学して夏までの早い段階で2つの予選で負けてしまったんです。大学生の試合は勝ち続ければ、次に出られる大会のレベルが上がっていくのですが、負ければまた来年なのです。

自分が一番ガッカリしてるのに、追い討ちをかけるように怒られる、怒られる。おとされて、責められる。「お前は負けると思っていた」なんて言われて、心の中で僕は(先に言えよ)とつぶやく。

でもやっぱり、先生やコーチに言われるどんな言葉より、負けたことだけが悔しいのです。

 

大学でスタートダッシュが遅れた理由は

練習していれば勝てたのですが、高校3年生で日本一になった夏、目標を達成できたから、次の目標を立てました。

高校生活では、親からずっとお金をもらっていたので申し訳ない気持ちが強く。大学で本気でオリンピックを狙い始めたら、また、親からお小遣いをもらい続けないといけないので「大学に入るまではアルバイトをしていよう」というモノでした。

そりゃ、練習よりもバイトを優先していたら、大学1年の早い段階で負けます。原因はそれです。何も考えないで、高校日本一の先にただオリンピックのことだけを考えて目指していたら、僕のオリンピックという目標はもっと早くかなっていた。本気でそう思います。

 

大学1年の時に試合に負けて悔しい気持ちもありましたが、練習せずにバイトをしたことは後悔していなかったので、負けたその日からトレーニングをしていたんです。負けた原因は分かっていましたから。でも、先生やコーチからすると、それが気に食わない。

浴びせられる罵倒。

知らんぷりしてする練習。

そんな時も、僕は先輩からとやかく言われなかったんです。本当に上下関係の外側にいました。

 

 

自分の熱量が大き過ぎた

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職場の片隅にあるウエート器具。仕事の合間を縫って、現在もなるべくトレーニングはするように心がけている(写真:本人提供)

先輩はえてして後輩をコントロールできる立場でもあります。それなのに、僕がとやかく言われず、のびのびとやらせてもらえた理由は――、分かるのが遅かったのですが、柔道に対する熱量が大き過ぎたのではないかと思っています。

大学柔道というものは普通、空気を読めない全力野郎は2カ月くらいで入学パワーも切れて全力を出さなくなるか、大学生との力の差を感じて一気にやる気がなくなるか、辞めるかなのです。 

そんな全力野郎な僕は1年間、全力野郎。2年目も全力。2年生の冬には国際大会でオリンピックチャンピオンに勝てましたから、それからもずっと全力野郎。10年くらい。唯一、斉藤先生だけは僕の出来ないアドバイスをたくさんしてくれました。そのおかげで最後まで勝てたのです。

 

当時は、自分の夢に対する熱量の強さに夢中で気付けなかった。学生時代はみんなの目標に対しての思いだとか熱量も、みんな僕と同じと思っていた。なぜみんな、一番良いところ(キツくて大変なところ)で止めるのだろう。現役時代は不思議に思っていたんです。そのおかげで、試合中も唯一、人よりまさっていたのは自分の思う柔道を貫くためにどんなにキツくても堪える、凌いでまた動くこと。そうするとみんなだいたい負けてくれたのでした。

それはつまり、熱量の差かな。そんな話でした。

 

 

熱量に協力してくれる人に感謝する日々

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柔術着はこまめに洗濯する。稽古前は必ずシャワーを浴びるなど、コンタクトスポーツならではのマナーには気を遣う(写真:本人提供)


今、柔道での夢もなくなって運動不足な毎日ですが、昨年10月に行われた「QUINTET」に出陣が決まると、この地域の柔術家がわざわざここに来てくれたり、近くの武道館に集まってくれたり、「初めまして」の格闘技ジムで練習させてもらったり、本当に良くしてもらっています。そして、最近の僕のもどかしい毎日をTwitterでつぶやいただけで、ふらっと練習相手をしに来てくれる。ホントに人に恵まれています。 

僕は自分の熱量を人にも求めることはないけれど、僕の熱量に皆さんが協力してくれること。本当に感謝しかないです。 

この先、また、試合の場所に帰れるかどうかは分かりませんが、どんなに仕事に追われても、練習相手になってくれる人が来た時に練習できるように普段から仕事はちゃんとしておきたいです。

 

きのうはそんな日でした。ちなみに、きのうは他店舗の家族風呂の工事を1日やってきました。帰ってきたのが閉店30分前、さっ、と仕事して練習。疲れているはずなのにずいぶんと気持ちのいい汗をかかせてもらいました。そんな夜遅くまで待って相手してくれる先輩柔術家のお二人に心から感謝です。

 

押忍

内柴正人

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に60キロ級で全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

 

 

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