【パラQ&A】若手からベテランまで個性派ぞろい~馬術②

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(写真:photoAC/makieni)※写真はイメージ
東京パラリンピックは1年延期されたが、21年8月24日に開幕することが決まった。オリンピック競技は知っているけれど、パラリンピック競技はよく分からない……という人も多いかもしれない。この連載「パラQ&A」は各競技について、見どころをクイズ形式で紹介する。今回は、日本のパラ馬術界をけん引する注目選手に関するクイズを出題。
 
 

Q.18年世界選手権で銅メダルを獲得した中村公子(ともこ)選手の職業は?

  1. ①競走馬の調教師
  2. ②乗馬クラブのオーナー
  3. ③バーテンダー









②乗馬クラブのオーナー

中村選手は2008年から奈良市にある乗馬クラブ「シュタールジーク」を運営している。16年に手入れしていた馬と接触して大腿骨を骨折した。事故後も健常の馬術選手として活躍しているが、パラリンピック競技も始めて“兼任選手”となった。14年アジア大会では日本代表最年長で出場し、健常の馬場馬術団体で銀メダルを獲得している。

Q.先天性の障がいがある吉越奏詞選手が乗馬を始めて起きた奇跡は?

  1. ①話せるようになった
  2. ②視力が回復した
  3. ③歩けるようになった
 








③歩けるようになった

吉越選手には先天性の右半身及び下肢の脳性まひがある。医師には、産まれてすぐ「歩けないかもしれない」と宣告を受けた。馬と初めて出会ったのは乳幼児で、まだ首も座っていない時期。リハビリの一環として医師に乗馬を勧められた。脳性まひの影響で体幹がないに等しい状態だったため、最初は母親の膝に座って馬に乗る”親子乗り”から始めた。徐々に1人で乗れるようになり、歩けないかもしれないと言われていたにも関わらず、就学前には歩けるまでに体幹は鍛えられた。

Q.18年世界選手権の日本代表だった高嶋活士選手の元職業は?

  1. ①JRA騎手
  2. ②JR運転手
  3. ③JALパイロット









①JRA騎手

高嶋選手は競馬学校27期生として2011年3月に柴崎厩舎所属でデビューした元JRA(日本中央競馬会)騎手。13年2月の東京4Rの障害未勝利戦で落馬し、救急搬送される大けがの影響で15年に騎手を引退した。16年からパラ競技に本格転向し、同年10月の全国障がい者馬術大会では3日間完全優勝を達成した。東京パラリンピック出場を目指す元JRA騎手は、他にも常石勝義、石山繁がいる。

Q. 脳性まひのため両脚に障がいがある稲葉将選手が少年時代にやっていたスポーツは?

  1. ①サッカー
  2. ②テニス
  3. ③野球
 








③野球

18年に初めて世界選手権に出場した稲葉選手は、幼少期から体を動かすことが好きで、小学校時代に少年野球チームに入っていた。ただ、体格が大きくなるにつれて周りと同じ練習ができなくなり、母親の勧めもあって小学6年の2月に近所のクラブで乗馬を始める。同年10月には横浜市で開催された障がい馬術大会で初出場ながら初優勝。しかも11月には台湾で行われた国際大会で3つのメダルを獲得する快挙を達成した。

Q.16年リオパラリンピック日本代表だった宮路満英選手のかつての本業は?

  1. ①競輪選手
  2. ②警察官
  3. ③調教助手









③調教助手

現在60歳を超え、「還暦のホースマン」として知られる宮路選手は、唯一の日本代表として16年リオパラリンピックに出場した。かつては調教助手として栗東トレセンでG1馬を手がけたが、2005年に脳卒中で倒れ、右半身まひや高次脳機能障がいの後遺症が残って退職した。馬の手綱を引いて散歩するリハビリを始め、その後、乗馬クラブで本格的にパラ競技への道に進んだ。
(mimiyori編集部)