自然観察指導員とは、自然を守る登録制ボランティアのこと。「自然観察からはじまる自然保護」を合言葉に、日本各地で地域に根ざした自然観察会を開き、自然を守るための仲間づくりに励んでいる。
つれづれなるままに、今回は日本古来の奥ゆかしいラブレターから名付けられた、かわいい昆虫のお話。
平安時代のラブレター
「落し文(おとしぶみ)」をご存じだろうか。
広辞苑によると、「落し文」とは「公然と言えないことを記してわざと道路などに落としておく文書」とある。
その昔、平安時代の頃の日本には恋文を筒状に巻いて、手渡しをせず、渡したい人のそばにそっと置いたり、その人の住む家の庭に落として拾ってもらう風習があったそう。思いを寄せる相手に直接ラブレターを渡せない。かつての青春時代に覚えのある人もいることだろう。現代はスマホやメールが発達して、落し文などという風流なものはあり得ない時代になってしまったが。
恋文型の巣をつくる昆虫
それはさておき、今回は、その「落し文」の名前の付いた昆虫を紹介したい。
オトシブミはオトシブミ科の昆虫の総称で、世界に約1000種、日本には「ヒメクロオトシブミ」、「エゴツルクビオトシブミ」など約30種が生息している。
1センチにも満たない小さな甲虫で、沖縄を除く日本全国に分布しており、成虫は春から初夏にかけてよく見られる。
オトシブミの名前は、幼虫の巣である揺籃(ようらん)の形が「落し文」に似ていることに由来している。
メスが作り、オスは見張る
揺籃は、幼虫の食物兼住居。メスは初夏になると種類によって決まった樹木の若葉を巻いて揺籃を作る。葉を主脈に沿って切り、折り曲げて円筒形にして、その中に産卵して卵を1つ入れる。
種類によって揺籃をそのまま枝に付けておくものと、切り落とすものがある。地面に落ちた揺籃はまさに「落とし文」。枝に付いたものは、クリ、クヌギ、コナラ、ブナ、エゴノキ、ケヤキ、ハギといった樹木で見ることができる。
揺籃の中で卵から幼虫がかえり、外敵の危険なく、揺籃の葉を食べて育つ。卵から幼虫を経て、1カ月ほどすると成虫になって揺籃から出てくる。
揺籃を作るのはメスだが、オスがそばにいることがある。写真では、上部にオスがいて高みの見物をしているようにも見えるが、揺籃をつくる1時間半ほどの間に他のオスにメスが奪われないよう、つまりナンパを見張っているのではないかと言われている。
「虫より団子」のおすすめ品
茶道に詳しい方はご存じだろうが、オトシブミという名前の和菓子もある。
季節限定品で5月後半頃から発売される。
練り切り製の青葉でこしあんを包んだシンプルな和菓子だが、特徴はその形。写真では分かりにくいかもしれないが、葉の上に小さな露のようなものが載っていて、これがオトシブミの卵を示している。実際のオトシブミは丸めた葉の中に卵を産むが、和菓子では外側に出ている。
和菓子には、草餅、桜餅、おはぎなど植物の名前を付けたものがいくつかあるが、昆虫の名前が付いたものは珍しい。いよいよ本格シーズンなのに外出自粛でオトシブミ観察が難しい今、自宅でオトシブミの味を試されてみては?
(安藤 伸良)