【オールスポーツ】ラグビー=W杯2019 予選プールで去った記憶に残したい国 米国②~ホームレスからW杯へ

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2019年ラグビーワールドカップに出場した米国代表(写真:ロイター/アフロ)

ラグビーのワールドカップは2019年10月19日から決勝トーナメントを迎える。
予選プールで敗れ去った代表チームには、個性豊かな面々がそろっていた。日本代表の史上初8強進出で歴史に残る今大会、決勝Tに進めずに涙を飲んだ各国代表で記憶に残したい選手をピックアップする。
第2回はスポーツでは世界トップレベルの強豪国でありながら、18年にようやくラグビーのプロリーグ、その名も「メジャーリーグ」が創設された米国についてパート2。
タックルつながりでアメリカン・フットボール出身の選手が多い中、ユニークな経歴を持つ選手も多数代表入りしていた。
ラグビーのMLB版が設立されたことで、各国からトップ選手を招へいしているクラブもあり、次回大会にはパワーアップした米国代表が見られそうだ。
4年後の先取りで、ユニークな経歴、そして波乱万丈な選手を紹介する。

 

 

ポール・ミューレン:海洋学の修士号あり

アイルランド出身のポール・ミューレンは、海洋学の修士号を持っている文武両道選手だ。
実家はアイルランド本土の西、アラン諸島にあるイニシュモア島。面積約30キロ平米、人口約800人という小さな街で生まれ育った。
祖父が米ボストン出身のため、米国代表の資格を取得することができた。

13歳の時、本土の寄宿舎学校入学後に競技開始。11年U20代表でジュニア・ワールド・トロフィー出場するなど活躍し、高校卒業後に渡米した。
テキサスA&M大学に入学すると海洋工学技術の学士号、海洋資源管理の修士号を取得した。現在もオフはよく船に乗っている。

ラグビー選手に多い“ラグビー一家“出身ではなく、自転車一家に生まれ育った。
父は自転車店を経営し、親戚に漁師が多かったこともあり、幼少期は兄弟全員が自転車に乗って、釣りをしていた。
2歳下の弟Eoin は自転車競技選手で、19年トラック世界選手権に出場するなどアイルランドを代表するレーサーに成長した。

 

ジョン・キル:パン屋さんの5代目?

ジョン・キルもアイルランド出身だが、こちらは実家の家業であるパン店の後継者候補だ。
地元U19代表で頭角を現し、海外でのプレーを求めて12年ボストンRFC入り。
以降はアイルランド、英国でもプレーした。
実家は代々続くパン店で、父は4代目。自身も17年に選手活動の傍らで、コロラド州のパン店で修業経験あり。
将来的に「人生の長期的計画としては、5代目になること」とし、目標は跡を継ぐことも考えているという。

ジェームズ・ヒルターブランド:ホームレス状態からW杯

苦労人だ。ジェームズ・ヒルターブランドは豪州出身だが、米国出身の父は大学のアメフト選手。父はNFLと似た競技を求めて豪州アデレードに渡った。
そこでラグビーを始め、幼いジェームズ少年も付いて行くようになった。

本人は08年マンリー・マーリンズを手始めに欧州、豪州を渡り歩き、南アのクラブヘ移籍した時に金銭トラブルに巻き込まれた。契約が更新されず、一時はホームレス状態に。
元豪州代表でコカ・コーラにも在籍したニック・カミンズがアデレードまでの飛行機代を払ってくれて豪州へ帰国できた。
実家でも数カ月は落ち込み、物置部屋のようなところに住んでいたところ、古巣のマーリンズから復帰の話が舞い込んだ。
以降、17年アメリカズラグビーチャンピオンシップ、W杯予選にも出場。PRの経験も豊富。所属チームでは主将も務めた。世界各国を渡り歩く中で歴代パスポートを保管しており、数奇な運命を暗示するかのように記念すべき1冊目は生後1日目の写真が顔写真に使用されている。

(mimiyori 編集部)