【連載「生きる理由」28】柔道金メダリスト・内柴正人氏 QUINTET7・13後楽園ホール大会を終えて

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QUINTET7・13後楽園ホール大会を終え、仕事に戻った内柴正人氏(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働き、21年7月の寝技による格闘技大会「QUINTET」(後楽園ホール)では軽量級の団体優勝を果たした。

 

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「QUINTETを終えて」特別編。大会本番に至るまでの軌跡と、試合を終えて今思うことについて。 

 

 

試合前に目標を言えなかった理由

「俺たちのクインテット」、終わりました。 

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試合前から、チームメートのみんなは「優勝」「優勝」と超強気な言葉を発していました。一方、かなりのネガティブ思考な僕。取材にも何に対しても、当たりさわりのない目標しか言えない。担当者のかた、ごめんなさい。 

これは昔々の若い頃から。勝負についての考えがあるんです。

負ける時の流れは「技に力を込められる姿勢まで行き着かない」。姿勢のバランス、技のバランス、圧力のかけ方。何かしらズレてるんですね。なんか噛み合わない。自分の感覚の問題です。 

勝つ時は何もかもピッタリ。ゆっくり動いてるのにパシッとハマる。単純な動きであっても、相手を右から左に振る動作だけでも、両腕両足の動きはすべて違う動きをしてるのにパシッとハマる。

勝つ時は本気を出さないで勝てるんです。全部出し切る必要はない。勝つ時はそんなもんです。

 

今大会は1週間前に「ゾーン」へ

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QUINTETの2021年7月13日後楽園ホール大会で、内柴氏は「TEAM WOLF」の一員として団体優勝を飾った(撮影:丸井 乙生)

何度か勝ったことのある僕は。その感覚を自然と目指します。柔術ではまだまだ素人ですから、そのパシッとしたものがあるわけがないし、自信なんてあるわけがない。

そんな僕。試合、1週間前かな。そのパシッとした「ゾーン」に入ったんです。足関節を練習している時期に、アラバンカ(神奈川)でイベントがあったので、その時の練習試合で試し、その後に格闘技を初めに教えてくれてた先生たちと練習してみたり。

誰とやっても技が掛かるんです。熊本に帰って練習しても、セーゴ道場や北川さん(柔術家)とやっても行けるんです。 

そうなると、ネガティブ思考な僕にはもう不安しかなかった。

「こんなに調子よくて、試合で行けるのだろうか?」 

 

試合前に悩みが亡くなって むしろ不安に

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職場のスタッフから応援メッセージの色紙を贈られていた。右の3連メダルはQUINTETの大会プロデューサーである桜庭和志がだんご3兄弟をイメージした優勝メダル
(写真:本人提供)

仕事中心でトレーニングしている僕は、本来であれば試合前の最後の1週間はどこにも行かず、自分の店と近くのジムで調整して試合に向かうつもりでした。

しかし、試合前に悩みがなくなってしまったことに不安を覚え、急きょチケットを妻に買ってもらい、神奈川へ。小見川道場へ向かったのでした。直前で買ったので、往復6万円ちょっとかかりました。 

思い立って神奈川の道場まで行った結果は大成功。そこで、僕の足関節は一度も成功しなかったのです。足関節の上手な選手に何度もお願いして、最後にはコツを教えてもらえるまで。

良かった、低いレベルで安心して試合に挑まなくて。課題を持ち、安心した試合前5日前でした。 

「低いレベルのゾーン」だったのでしょう。「低いレベルのゾーン」とは、そりゃ何かの勘違い。そもそも「ゾーン」というものが僕は嫌いだし、もしそれに入ったならば、ぶち壊しながら確実なパターンを作り出したいものです。

 

思考がこんな感じなので、試合前にコメントを求められても、何十年も「優勝」「絶対に勝つ」なんて素敵な言葉を言えずにきました。臆病な僕です。

 

チームの優勝は最高だった

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優勝して熊本へ戻ると、スタッフたちが祝福のメッセージを書いて待っていてくれた

(写真:本人提供)

2試合とも引き分けという、個人的にはモヤモヤの残る試合でしたが、チームの優勝で幕を閉じたクインテット。最高でした。 

今、熊本に帰り、いつもの業務にいそしんでいます。この数カ月、練習を頑張りすぎて仕事がハンパにならないよう仕事に神経を使い過ぎて、なおかつ夜中のトレーニングをサボらないよう心掛けていたので疲れています。 

しばし、トレーニングを休んでもいるここ数日は、仕事に集中しています。その「仕事」って何だろう。そんなことも日々考えます。 

出られる試合がなかったあの頃は練習し続ける気持ちもなえ、「働こう」と思って就いた仕事。思いのほか大事なポジションを任せてもらっており、その責任を果たそうと日々勉強中であります。

 

必要としてくれる人のために頑張る

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大会出場の日、スタッフが店舗に手づくりの応援ポップを飾っていた(写真:本人提供)

仕事に集中していると、「仕事とは何か」という考えが頭に浮かんできます。

仕事って何だろう。僕はここに必要なのだろうか? 僕より仕事のできる人間はたくさんいるのに、なぜ僕なのだろうか? いらないって言ってくれたら、ふらふらと自分を試せる世界に修行に行くことはできる。でも、なぜ僕を信じて使ってくれるのか?

僕は自分のためには頑張れない。

必要としてくれる人のために頑張らなきゃいけない。

 

そんな悩みと責任感を持ちつつ、今回の試合で出来た課題を克服するための練習をどこでやるか、どうやるか、スケジュール作りとメニュー作りを妄想しております。 

さあ、頑張るぞ!

応援ありがとうございました。

(内柴正人) 

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に60キロ級で全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

 

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