【連載「生きる理由」37】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「僕と社会の壁」後編~毎日同じメニューをこなす意味

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内柴氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

 

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「僕と社会の壁」後編。最近になって、とある事情から柔道の道場通いができなくなったが、懸命に働く中で弟子入り希望者が現れた。

自身の練習も兼ね、若者と一緒に「現役当時と同じトレーニング」に挑戦している。

 

 

 

今、考えていること

この作文は時間がある時に書いて、多く書いた時は幾つか掲載を先に送ってためることもあるのですが、それを後から読み返すと変な感じがします。
若い頃に夜中に書いた夢の話を次の日に読み返すと重い想いになっていたりするのと同じ感じ。嘘ではないけどちょっぴり恥ずかしい。

 

さて、最新の話。
今、僕は毎日通って来てくれる学生とトレーニングをしています。この少し前、僕は彼の在籍する大学の練習に参加できなくなりました。理由は、いつもの通り。いまだ、僕と社会には一定の壁がある。

そんなことより、今、学生とトレーニングをしています。
これまで少し教えた縁もあったため、トレーニングだけでなく、強くなる考え方もネチネチと話しながらやっています。そんな話をしながら毎日、同じメニューをコツコツとこなしている。

 

絵を描くなら白いキャンバス

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(写真:本人提供)

強くなるために必要なのは、その競技のことをよく考えてひたすら向き合うこと。その方法の一つとして、練習メニューの工夫をするチームがある。

練習メニュー。これが僕に取ってはどうでもいいことでもあった。まあ、そんなことを彼に話しても、これからもチームとしての練習メニューは毎日変わるものだろう。要は自分の柔道スタイルが固まらないように日々、柔道のスタイルに課題を持ってやって欲しい。

そんな内容の例え話。
絵を描くとして、描くたびに画用紙の色が違ったら、何か描きづらいもの。素敵な絵を想像して描くには、その紙はまずは白い方がいい。真っ白なキャンバスに思い切り自分の知らない才能をぶちまけたい。なのにキャンバスの色が変わる。紙の色次第でペンの色を変える。

絵のレベル、発想力が最高に上がれば、色つきの紙を選ぶ時も来るけれど、自分が描ける絵がどんな素敵な完成を遂げるか分からないうちから紙の色が変わっていったら、自分の考えるスタイルの成長はなくなり、毎日色の変わるキャンバスに同じ絵を描いて満足するようになる。

 

紙の色に対するペンの色の対応は上手になるだろう。
肝心の絵の力をつけたいならば、白い紙が良いだろう。

 

そんな話をグダグダしてます。

 

内柴流トレーニングは「毎日同じメニュー」

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東京2020大会日本代表の多くの選手が取り入れていた階段トレ。内柴氏は現役時代、独りでやり続けてきた。現在も自身のトレーニング、若者の指導に採り入れている
(写真:本人提供)

僕のトレーニングメニューといえば「走る」。階段を横向きで走る。おんぶで登る。抱っこで登る。肩車。何やかんやロープ引き。
3時間くらいかな。その後、ウエイトトレーニングやる日があって、現役の頃はこれらをやらないとチームの全体練習はやっている気がしなかった。

「まずはさ、昔の俺のトレーニングを全部できるようにしない?」

そんな目標を2人で話してやってます。なので毎日階段登り。ロープ引き。メニューは変えない。最初は週何回やるのかという質問もあって、僕も考えたけれど。

「毎日できる時にやろうぜ。仕事や用事でお互いにできない日はあるのだから毎日やるつもりでちょうどいい」ニヤけて言う僕に付き合ってくれてます。毎日、同じメニューはキルギス時代にもよく面倒くさがられていたので、その時は変えていましがが、もう、自分の練習ならば気を遣うことはない。


毎日、同じメニュー。

すると、全てのメニューの一つ一つの動きが細かくなり、時に大きくなり上手になるんです。その感覚が好き。これが毎日、違うメニューならば楽しいかもしれない。フレッシュかもしれない。

でも、きのうの感覚を感じられることはない。
もし、週に1回、その練習であるならば、次の練習の時には忘れてる。

 

同じメニューだからこそ「抜ける」瞬間が分かる

きょうも面倒くさい、いつものトレーニングをして来た後なのですが、きょうもいい感覚を感じることができました。いつもよりロープを上手に引ける時があったんです。

「あっ抜けた!」

いい感覚の時には、それを感じることができます。こんな不器用なトレーニングしかできない僕ですが、そこに1人の学生が通って来てくれることをほほえましく思います。

 

どんなキャンバスにでも素敵な絵を描けるように、今は同じメニューに心を込めてやっております。
(内柴 正人=この項終わり)

 

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に60キロ級で全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

 

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