【連載「生きる理由」④】柔道金メダリスト・内柴正人氏が現役時代を振り返る「ルーティーンと斉藤仁先生」

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17年10月、全日本時代によく訪れていたサーフィンスポットを数年ぶりに訪れた

(撮影:丸井 乙生)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇し、17年に出所した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーとして勤務している。 

数年間の模索期間を経て18年からキルギス共和国の柔道総監督に。19年秋に帰国した後は、柔術と柔道の練習をしながら社会人として働き始めた。 

2度制覇したオリンピックについて、本人の記憶は薄れている。彼だけが体験した五輪への歩みとはどのようなものだったのか。 内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、「ルーティーンと斉藤仁先生」について。

 

 

 

試合前後の一服がマイル―ル

オリンピックの試合はトーナメント形式で行われ、5~6試合で優勝です。試合前後のルーティーン、僕はタバコがマイル―ルでした。朝、会場に着いて封を切り、試合前と後に吸う。

「よーし、行くぞー」で1本吸って、「よーし、勝ったぞー」で1本吸う。その都度、みんなのいるところから消える。 

タバコはいろんな害があるから、今では喫煙所すら探さないとならなくなってるくらい禁煙が推奨されています。でも、正直なところを言うと、僕はスポーツ選手がタバコを禁止される意味が分からないんです。ホントは、ダメですよ。一方で、柔道選手に喫煙者が多かったのも事実(今は知りません)。

そして、掃除する時には喫煙者にポイ捨てされた吸がらが一番多いのも現実。今の僕の、仕事の前と終わりの日課です。喫煙者として、僕は喫煙者に残念に思うところもあります。

僕の今の吸い方は半分半分。少し禁煙寄りの、でもやめないやつ、です。

  

 

勝てない理由はほかにある

昔ね。負けたことをタバコのせいにする人がいました。タバコを吸っているから息切れした、だとかの理由をつけて負けること。それなら吸わなきゃいいし負けなきゃいい。タバコをやめるか勝負をやめるか。 

僕はタバコを勝てない理由にしない。負けた理由はタバコではないからです。健康被害でのちのち歳を取ってから病気になるかもしれないけれど、オリンピックまで強く生きられれば、その後は死んでもいい生き方を選んできました。短期で害がないなら、我慢して辞める必要もない。現役時代はそう考えてきました。

 今は1日の終わりに「あー、今日も働いたァ」と夜中に晩酌するのが、何よりもの幸せではあります。長生きしたいと思うようになりました。 

 

本当にタバコで息が上がるのか?僕の試合でのモットーは「前に出る」「堂々と戦う」。疲れるんです、このスタイル。とにかくせこいことをしない。なので息が切れても動く、疲労で筋肉が動かなくなってきても我慢して動く。息が切れても動いていると、おしっこが漏れてる感じになるんです。そんな時は練習不足。勝っても負けても次の大会までに練習量を増やします。  

絶対に技が掛からないところにも技をねじ込んでいく。その中で相手の心にすきを見つけて、一本が取れる空間をパシッと捉える。 強引でも何でもなく、相手の心のすきに技を当てはめる。それだけなんです。最高です。 

体力を使うスタイルなのです。息が上がると大変なのです。でも、それでもタバコはやめたくないんです。 

 

斉藤先生から「やめないなら代表に選ばない」

オリンピックを1つ優勝して、いろんなことがあって勝てない時期に斉藤仁先生に言われたのは「タバコをやめないなら代表には選ばない」。 

えー、競技と関係ないじゃん。ということでタバコをやめたこともありました。1週間くらい。そしたらです、生活のリズムが取れないのです。

朝の減量ランニング。昼の減量サウナと風呂。昼の山走り、その後のロープ引き。トレーニング後のウエートトレーニング。そして、出身大学での柔道の全体練習。1日の終わりの減量サウナ。 

僕、ちょっと人より1日の練習量が多いんです。そのどれもがシャキッとしない。 

(ここまで追い込んでいて、たかだかタバコが理由で負けてるのかな?)

違うよね、負けるのは自分の弱い部分を強化できていないだけじゃん。

と思って禁煙をやめました。

 

その代わり、調子の上がらない毎日に覚悟もし直しました。結果的に目指していた次のオリンピックにも出れているので許されていたのでしょう。 

斉藤先生はとても厳しい先生だと大学やいろんなところで恐れられてはいましたが、実はその本人が「これで勝負する」と覚悟が出来てれば、実は方針だとか練習内容だとか関係ない。自由なんです。 

2003年だったか、大阪の世界選手権で金髪や赤く髪を染めた選手が日本代表として出場した時も「選手がそれで勝つと決めたのならばそれでいい」と、それで勝負させるくらい寛容なところもあるくらいでした。ただ、その大会後、やり過ぎた選手もいたことで全日本柔道連盟に苦情がたくさんたくさん来て、髪を染めるな、ひげをそるように等のガイドラインができたものでした。

斉藤先生は、勝負を目の前にした人間にはとことん優しい。それで勝てると信じている選手を、それでは負けると分かっていてもドンと受け止める先生でもありました。禁煙を勧めてきた理由は、僕に勝負に対する心の揺らぎを感じたからだと、本当は分かってました。 

試合でトーナメントを勝ち上がるごとに、コーチがアドバイスや次の対戦相手の話をするのですが、僕の場合は1試合勝つと、タバコのブレークタイムで会場から消える。だから、斉藤先生も怒る時は急いで来てくれたり、急に呼び出したりせずに待ってくれていました。

1つ勝つと会場を出て、控え室に帰る。道着を脱ぐ、ポンチョを着る。1回会場から消える。再び、会場に戻る。そのくらいに先生も控え室に来てくれる。 その距離感は「お気遣いありがとうございます」としか言えなかった。 

 

夢をかなえるために邪魔になるならやめればいい

なぜかタバコの話になっているけれど、吸いたければ吸えばいいし、夢があってそれが邪魔になるならやめればいい。タバコか夢かとなれば、やめれない方を選べばいいだけですから簡単です。

でも、タバコを理由に夢敗れたなんて弱い。理由が弱いですよね。そんな人がもしいたら、それはタバコがなくても夢はかなわない。違う理由でかなわないと昔から感じています。 

物事をやめるには、何が強い理由があってそれでもやめない気持ちがあって、誰にもやめさせきれない状態を作って、そんな時に自分の中でそこまで固執する必要がなくなり、新しい何かを見つけられた時にやめれれば、それがやめるタイミングですね。  

1つだけ言えることは、いろんな害があって良くないものですが、タバコを吸っていた程度で息が上がるようなトレーニングはしてきてない。5分間、全力で攻めてても息が切れても攻めきれる。疲労で動きづらいと感じていても、やるべき細かい瞬間的な動きの部分で妥協することはないから大丈夫なのです。

 

(つづく=内柴 正人)

 

うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に60キロ級で全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

 

 

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