【連載「生きる理由」44】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「現役生活の〝必需品〟だった風呂」

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勤務先で汗だくで働く内柴正人氏(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「風呂屋が風呂屋に行く話」。

現役時代は減量のため、そして相手へのマナーとして練習前にも必ず入浴するなど、風呂は選手生活にとって〝必需品〟だった。

故郷で入り続けた温浴施設会社に入社した内柴氏が、自分と風呂の関係性を回顧する。

 

 

 

風呂屋が風呂屋へ行く

最近の出来事。
このふた月くらい、僕は週に1度風呂屋に行っています。
入りたければ、自分の店の風呂に入ればいいのですが、行っている風呂屋はまた違うところ。

実家の近所のお風呂屋さん。


風呂屋が風呂屋に行く。

 

減量中の風呂では誰とも会いたくない

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温浴施設の熊本・八代支店のマネジャーとして草刈りも仕事の一つ(写真:本人提供)

昔から風呂に入る時くらいは、知っている人に会いたくない。話しかけられたくない。

東京に住んでた時もそう。特に、減量中の風呂では誰とも会いたくない。

社会人選手として大学で練習していた時は、大学の寮が近くにあるため、同じ大会に出る学生がいたりすると風呂屋で出くわします。

風呂屋には、その店ごとに常連さんがいます。または毎日どこかの風呂屋に行っている人もいます。

毎日毎日風呂屋さんに行っていると、みんなの顔が分かるんです。

その人たちとも知り合うわけですが、試合が近い時などはしゃべりかけてくる人がいないところへ行きます。

 

苦しむところを見られたくなかった

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現役時代に慣れ親しんだ「つる乃湯」は熊本店。今は八代店=写真=の店長として、露天風呂など多彩な風呂の管理をしている(写真:本人提供)

それでも、「きょうはあのおじさんがいないところへ行こう」と違う風呂屋へ行くと、学生が数人いて挨拶されたり。

試合前は知り合いに会うと、その時点でお金を払って中にいた時でも、1回出て違う風呂屋に行き直したりもしました。

理由は何だろう。

汗を出した分、体重が減るけれど、苦しくて苦しくて、減量中はそれを見られたくなかったのかな。

そんな僕が自分のところの風呂に入れるわけもなく、昔はあんなに毎日行っていた「つる乃湯」も、今ではお客さんのために準備するだけになっています。

 

今は休日に風呂屋へ

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テントを張って〝トレーニングルーム〟をつくった。手先は器用だ(写真:本人提供)

週に一度の休みは、僕は必ず実家に帰ります。

妻と子どもと一緒に帰り、すぐさまメシを食い、横になり、家族に役立たず感満載な視線を感じながらひと眠り。

そこから近所の風呂屋に行くのです。知り合いのいない風呂屋へ。これまで、熊本ではずっと「つる乃湯」にしか入っていなかったので全てが新鮮。これも楽しいですよ。

そして、実家に帰って晩酌をする。本当は、昼飯、昼寝、風呂の後に練習があれば、そしてこの練習が柔道であれば最高なのですけどね。

それでも種目関係なく、昼飯・昼寝・風呂はいつもの流れ。ここまでの時間でいつも慌てるのは父の生活スタイルのせい。

 

僕のお父さん、晩飯は夕方6時。

固定で動かない内柴家の時計は、いつも僕を迷わせています。

昔は当たり前に練習に行っていたけれど、今は家族で食事をする時間の方が欲しかったりします。

歳を取ったのかな。

そんな僕の休日の過ごし方。

内柴正人 でした。

(内柴 正人)

 

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