【連載「生きる理由」80】柔道金メダリスト・内柴正人氏 「斉藤仁先生から学んだこと」④~教え子の出稽古が受け入れられた日

すいかの名産地・熊本。内柴正人氏は教え子の練習に巨大スイカを差し入れ(写真:本人提供)

2004年アテネ、08年北京五輪柔道男子66キロ級を連覇した内柴正人氏は現在、熊本県内の温浴施設でマネジャーを務めている。18年からキルギス共和国の柔道総監督に就任し、19年秋に帰国した後は柔術と柔道の練習をしながら働く、いち社会人となった。

これまで、彼はどんな日々を過ごしてきたのか。内柴氏本人がつづる心象風景のコラム連載、今回は「教え子の出稽古が受け入れられた日」。

 

この夏、キルギスから元教え子トリオが職業訓練を兼ねて、内柴氏のもとに再入門するためにはるばる来日。一番困ったことが「練習相手の確保」だった。
出稽古をお願いしては断られ続ける中、思ってもみなかった相手から連絡が届いた。

純粋に柔道を学びたいという若者を前に、内柴氏が身を削って奮闘する「2022年の夏」とは。

 

 

懐かしい人からの〝便り〟

技術は後からついてくる。
そんな話。

つい先日、僕が現役の頃に所属していた会社の柔道部の監督からTwitterをフォローされたことから始まる。

ん? 今さらどうしたんだろう?
何か用かな。
SNSの中身を見たいだけかな。見たいのか?
いろいろ考えてしまった日がある。

その後に別のSNSにも友達申請。
んー。

 

相手に迷惑がかからないか心配している

〝キルギス・トリオ〟、そして弟子兼アルバイトの若者たちに設備管理の講習をする内柴氏(写真:本人提供)

僕は昔、お世話になった人すべてに迷惑がかからないよう、いつも気を遣っている。
仲のいい友達でも、一緒に柔道をすることで誰かにとやかく言われたならば、すぐに教えてほしい。
僕といるよりも、その他大勢と柔道ができる方が楽しいだろうと思っている。

だから、後輩にチームの指導を頼まれた時も、本当に大丈夫か何度も確認してきたし、
後々、問題にされてその後輩が学内で叱られた時も、こちらから謝ったこともある。

 

端的に言えば、頼まれたからアドバイスしただけ。
そして、僕は現役選手の次くらいにまだ柔道に詳しい。
頼まれる技術はある。

さらに、
生きるだけなら何も困らず、どこにでも行ける。
ただ、柔道をするとなると区別はされる。

 

独りでは受けられないほど弟子志願者が

キルギスの教え子を出稽古に送り出したかと思えば、夏休みで帰省中の学生が自主的に練習に訪れる(写真:本人提供)

柔道か、別にどうでもいいや。
バーベキュー、サーフィン、釣り、キャンプ。
やりたいことがたくさんあります。
でも、なぜか何もできていません。

 

理由は、途切れない用事があるからなんですね。

 

柔術、グラップリング、柔道。最近はずっと柔道。
中学生が来るようになり、進学していなくなり、今はキルギス共和国の選手がいる。
そこにやって来た、大阪からの柔道一家。

こうなってくると、僕独りでは受けられない。

 

柔道は、練習相手がいてこその技術のすり合わせ。
正しい技術なんて、持っていたってそれを強い人に仕掛けて仕掛けて、仕掛けまくってこそ技になるものであって、知っているだけでは何にもならない。

仕掛けていく中で、心の変化、迷い、疑い、
いろんなものが浮かんできては、夢と現実とをすり合わせて抑えていく強さを身につけるとも思う。

僕の職場には僕しかいない。

 

「やっぱり、練習させてあげたい」

合宿へ出かける〝キルギス・トリオ〟のために食料、洗濯などを支度。彼らは合宿を乗り切れる柔道衣の枚数を持っていないため、帰国時に渡そうと買っておいた新品をおろすことに(写真:本人提供)

だから、いろんなところに(教え子たちの)出稽古を受け入れて欲しいとお願いするのだけど、なかなか僕の名前が引っかかって許可が出ない。

また、キルギスの選手たちも、それを何年も前から理解していて、今回あえて練習環境がない条件でも僕のところに来たいと言って、来てはいる。

 

でも、やっぱりね。
練習させてあげたい。

彼らが僕の職場に来た時に、仕事の話をしました。
お金の話、稼ぎ方、風呂の話。
いろんな話をする中で、
彼らは
「先生、大丈夫です。私たちはお金を稼ぎに来たわけではありません。たくさん働いて、たくさんトレーニングをするために来ました」

そんなふうに言ってくれていた。

 

彼らが来てひと月が過ぎて。
やっぱり、練習させてあげたい。

 

「僕は道場に入らないから、選手の練習を受け入れて欲しい」

合宿に出かけて緊張の面持ちの〝キルギス・トリオ〟。この中から2024年パリ五輪のキルギス代表が生まれるかもしれない(写真:本人提供)

そんな中での柔道界の先輩、僕が現役時代の監督から友達申請。

人にモノを頼むのはもう嫌だ。
相手が困るもん。

そのように悩みつつも、Twitterのダイレクトメッセージで久しぶりの挨拶と合わせて、お願いの作文を書いて送りました。

僕は道場に入らないから、キルギスの選手の練習を受け入れて欲しい。
僕は絶対に関わらないから。
選手だけでもお願いします。

そんなふうにいつも言うのだけど、いつも通りそう書きました。

 

それからすぐに電話で話して、柔道部のコーチにつないでもらっての今。
キルギスの彼らは宮崎県延岡市にて、夏恒例の合宿に参加しております。

ありがたい。
感謝、感謝。

いろんなチームに「断られ疲れ」していたけれど。
お願いして良かった。

ありがとう先輩。
ありがとう後輩。

この合宿は僕が大学4年の頃から引退するまで毎年行われていたもの。
日本代表としても参加していた合宿。

地元の柔道チームに断られて、めっちゃハイレベルな合宿に参加させてもらえる。
変な話ではあるけれど、断るところがあって、受け入れてくれるところがある。
そんなものなのかな。

 

教え子のためなら立ち上がる

宮崎合宿に教え子たちを送迎した内柴氏は、現役時代によく食べていたうどん店に寄り、久々に食べて感激(写真:本人提供)

さて、困ったのはこれにもお金が掛かる。

ホテル代、3万3000円

レンタル自転車、1台500円×3台×5日で7500円。

1日3食、腹が減らないように少し余るくらいのお金。

 

ありがたいくらいに金は足らん。

そんな僕はお給料だけでは彼らを養えないので、柔道セミナーをします。

人からもらい物をするのはあんまり好きではない僕ができるのは、技術を教えることで参加費をいただこうと考えています。

柔道で飯を食ってないから、迷える柔道家をサポートする時は他の柔道をしている人よりもお金が掛かる。

仕方がない。

なので、柔道を教えさせていただいて資金を集める。

もし、良かったら参加してほしいです。

呼んでほしいです。

そんな気持ちです。

 

(内柴 正人=この項つづく)

 

◆8月27日(土)柔道セミナーを大阪で初開催       

キルギス共和国から職業研修で来日している大学生3人の柔道活動費を支援するために、6月に愛知県、東京都でチャリティー柔道セミナーを開催した。

今回は大阪で初開催、2部制で行う。。

●日時:8月27日(土)1部=午後2時30分~午後4時30分(セミナー)、2部=午後5~7時(練習会)。受付は午後2時より。

●場所:エディオンアリーナ大阪(大阪府立体育館)=大阪市浪速区難波中3-4-36

●参加費:1部(セミナー)のみ参加=事前振込5000円(15歳以下は3000円)、当日支払い6000円(15歳以下は4000円)、1、2部ともに参加=事前振込8000円(15歳以下は5000円)、当日支払い9000円(15歳以下は6000円)。

●申し込み:piiita6u6@gmail.comまで。参加希望の方はメールにて、お名前、電話番号、事前振込、当日支払い、どちらのご希望かを記載してご連絡ください(事務局より)。

●留意事項:当日は、48時間以内のPCRまたは抗原検査の「陰性」が分かるものをお持ちください。

 

◆内柴正人氏による柔道指導の動画配信開始          

内柴氏が現在、熊本・八代市で小学生から大学生を対象に週1回開催している練習会を中心に、指導内容を盛り込んだ動画配信を22年4月から開始している。

より詳しい内容について、メンバーシップ配信も開始した。

詳細は下記YouTubeのコミュニティ欄へ。

 

www.youtube.com

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うちしば・まさと

1978年6月17日、熊本県合志市出身。小3から柔道を始め、熊本・一宮中3年時に全国中学大会優勝。高3でインターハイ優勝。大学2年時の99年、嘉納治五郎杯東京国際大会では準決勝で野村忠宏を破って優勝。減量にも苦しんだことから03年に階級を66キロ級へ上げて2004年アテネ五輪は5試合すべて一本勝ちで金メダル獲得。08年北京は連覇した。10年秋引退表明。11年に教え子に乱暴したとして罪に問われ、上告するも棄却。17年9月出所。得意技は巴投げ。160センチ。18年に現在の夫人と再婚し、1男がいる。20年1月から現在の職場に勤務。

 

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