【パラスポーツ】健常者を超えたパラ界の超人 ラーマンよ永遠に

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シャマンド・ラーマン(写真:SportsPressJP/アフロ)
1年延期された東京パラリンピックを待たずに巨星が落ちた。パラパワーリフティング男子107キロ超級で2012年ロンドン、16年リオを連覇したシャマンド・ラーマン(Siamand Rahman=イラン)が、2020年3月1日、31歳の若さで亡くなった。海外メディアなどの報道によると心臓発作とみられる。これまでの功績を称え、同年6月にはテヘラン市に新しく開館したスポーツ殿堂内に胸像が設置された。東京大会でも金メダルが期待されていた超人の素顔を紹介する。
 
 

 

 

史上初の300キロ超え

パラスポーツ界では有名な“超人”だった。注目すべきは、健常者を超える競技記録にある。12年ロンドンでは、ベンチプレスで世界記録を更新する280キロを挙げて金メダル獲得。16年リオでは、前人未踏の「300キロの壁」をぶち破った。健常者のトップ選手がパラ競技とほぼ同じルールで300キロに届かないのに対し、ラーマンは310キロを挙げて優勝。史上初の300キロ超えという異次元の強さを見せ、母国イランでは、その名を知らない人がいないほどの国民的アスリートとなった。

ボディビルのジム出身

小児ポリオの影響で幼少期から両脚が不自由。普段は車いすで生活していた。学生時代はボディビルダーのためのジムに通い、ベンチプレスで120キロを挙げられるようになった頃からトレーニングが楽しくなったという。試しにパラパワーリフティングの国内大会に出場すると2位。当時のコーチに「このままいくといい選手になれるだろう」と言われたことで19歳から本格的に競技を始め、わずか2年後の2010年世界選手権で銀メダルを獲得している。

 

気は優しくて力持ち

体重175キロ超、胸囲180キロ超とされた丸みのある巨体には愛嬌があった。「気は優しくて力持ち」を地でいく人柄で、試技前には必ず「アラー(神よ)」と叫び、成功後は周囲に柔和な笑顔を振りまいた。大会以外では海外へほとんど行かなかったラーマンだが、何度か来日を果たしている。リオ大会後の17年には、日本連盟や欧州のバーベルメーカーなどの要請で初来日が実現。世界一の怪力を披露するイベントを成功させ、東京の街を気に入ったよ、などと楽しそうに話していた。19年にも、東京パラリンピックの1年前イベントで再来日し、歌舞伎座での写真撮影などに応じた。

世界の人に感動と刺激を

毎日3回の練習をこなし、趣味は「水泳」「寝ること」「マッサージ」。好物はイラン風ビーフシチュー(牛肉を使ったトマトベースのシチュー)だった。一方で、来日した際には好きな和食を聞かれて「魚」などと答えていた。リオ大会後、「世界最強のパラリンピアンになれたことがうれしい。障がいを持って引きこもりがちな世界中のすべての人、特に若い人たちにとって感動や刺激を与えられる人になりたい」と話し、3連覇のかかる20年の東京パラリンピックに向けては、350キロを持ち上げたい、と壮大な夢を語っていた。健常者の限界が人類の限界ではないことを証明したラーマンは現在、生まれ故郷であるイラン・オシュナビエに埋葬されて眠っている。
(mimiyori編集部)