ちょっとした雑学をさらに深掘りし、「これで卒業論文でも書くのだろうか」というあたりまで掘り下げるシリーズ「ガチで調べたトリビア」コラム。
今回は、「桃太郎は何者なのか」についてリサーチした。
前編では「なぜ桃だったのか」について考察。今回の中編は、桃太郎伝説が変化した事情、そして「おじいさんとおばあさん」が若返り、新婚?旅行に出かけた結果、桃太郎を出産したシーンが掲載されている江戸時代の書籍も発見した。
温故知新のリサーチで桃太郎誕生にまつわる、埋もれた秘話が見えてきた。
桃太郎の原型は室町時代か
日本古来からの考え方が反映され、桃が物語の鍵を握る「桃太郎伝説」。その原型が出来た時期は、室町時代以前といわれる。
いわゆる「昔話」のほとんどは、室町時代に成立したといわれる「御伽草子」において原型がみられ、桃太郎もその頃には誕生していたと考えられる。
桃を食べたお母さんから誕生した「太郎くん」
江戸時代になると、桃太郎話は内容がより標準化され、元禄の時期(1688~1703 年)には庶民の間に広く普及した。
50 冊近い桃太郎の関連本が出版され、とりわけ人気があったのは絵入りの庶民本として親しまれた「赤本」や「黄本」。
活字出版された桃太郎伝説の中には、「桃を食べたおじいさんとおばあさんが若返り、桃太郎を授かった」というくだりもあり、現実に即して考えた通り、桃太郎はおばあさん、というよりは“お母さん”から生まれている。
その「若返った」衝撃シーンがこちら。
この天明1年、1781年に出版されたという「桃太郎一代記」(第5巻)によると、おじいさんとおばあさんは桃を食べて鮮やかに若返ったことで、なんと旅行に出かけた。
江戸時代には旅行が庶民の間でも大ブームとなっており、この書籍の出版年が天明元年だったことを踏まえると、「天明の大飢饉」前の穏やかな時代だったことがうかがえる。
日本で初めての新婚旅行は坂本龍馬が行ったといわれるが、もしかしたら、この「桃太郎一代記」に登場する「元・おじいさんとおばあさん」が最初だったのかもしれない。
いや、若返ったとはいえ、ハネムーンではなくフルムーンか。
そして後日、「元・おばあさん」は桃太郎を出産した。
下写真の左ページでは、桃太郎が産湯をつかっている。
親戚や近所の人が出産の手伝いや見舞いに訪れたと思われるが、おじいさんとおばあさんが若返ったことに驚がくするよりも、出産という一大事に順応している様子が見て取れる。
彼らの「受け入れ力」の高さに思いを馳せざるを得ない。
しかし、若返りは現実に即していないのではないか。
桃は原産地と言われる中国でも長寿の源とされ、西王母(せい=さい、とも=おうぼ)は桃にまつわる長寿の女神が伝説に登場したり、「桃源郷」という言葉もあったりと、特別な果物だった。
桃には「若返りのビタミン」とも言われる抗酸化作用が高いビタミンEや、老化防止の働きがあるビタミンCなども含まれているという。
桃太郎伝説の発祥は、ビタミンの存在が1900年代序盤に鈴木梅太郎やカジミール・フンクによって発見される以前のこと。
しかし、人間が脈々と積み重ねた経験則から、「桃は若返りに効く」という同じような結論に達するあたり、昔からの言い伝えには往々にして従った方がいいことも読み取れる。
大人の事情で桃から生まれた
明治時代には、巌谷小波(いわや・さざなみ)が「日本昔噺」を刊行、シリーズ第一編に取り上げられた桃太郎は全国で読まれるようになった。
そして富国強兵の時代、小さな子が鬼退治に行くというストーリーと相まって、桃太郎伝説は教科書に掲載されることとなった。
しかし「勇」「智」「義」というテーマの徳育(道徳)の教材に、若返ったおじいさんとおばあさんから子どもが生まれたという説は適さない。
ならば、という大人たちの事情によって、“桃から生まれたから桃太郎”という概念が優先されたのだった。
(続く=mimiyori編集部 五島由紀子)