ちょっとした雑学をさらに深掘りし、「これで卒業論文でも書くのだろうか」というあたりまで掘り下げるシリーズ「ガチで調べたトリビア」コラム。
前編では「なぜ桃だったのか」について、中編は日本で最も有名な「おじいさんとおばあさん」が若返り、その結果として桃太郎を出産したシーンが掲載されている江戸時代の書籍も発見した。
後編では、全国各地に点在する「桃太郎伝説」について考察する。
温故知新のリサーチで桃太郎誕生にまつわる、埋もれた秘話が見えてきた。
奥州伝承の「桃の子太郎」はスーパーマリオ状態
古くは「クイズドレミファドン!」。1つのお題に対して正解を答えるべく、我も我もと手を挙げる状態をさす。
さらに伝説であれば、どこで生まれたかで小競り合いが起きる所。
読者層の小さな子どもにとっては、日本は日本なのだから、地域を気にはしないと思うが、発祥の地を調べたがるのも大人の事情なのだろう。
実際に、桃太郎の内容に似た伝説、物語は全国各地に点在し、それぞれ物語の設定は微妙に異なる。
例えば柳田國男の著書「桃太郎の誕生」によると、奥州民間の「桃の子太郎」では、夫婦が花見に行った時に桃が夫人の腰のあたりに転がってきたというのが、桃太郎の誕生である。
桃太郎が旅に出るきっかけも、「地獄から手紙を持って鳥が来たので、旅を思い立った。きび団子を持って地獄の門番の鬼を懐柔し、地獄のお姫様を連れて逃げる。それを大鬼が火の車で追ってきたーー」というように単なる鬼退治だけでなく、地獄を味わい、お姫様を助け出したという。
現代で言う、クッパを相手にピーチ姫を助け出すマリオのようなヒーローモノの要素を含んでいるとは驚きだ。
誕生の地を考察~大本命・岡山県
どこで桃太郎伝説が生まれたのか。
大きく3つのライバル都市を掲げて、桃太郎伝説の本質に迫ってみる。
1つめは「桃太郎伝説の生まれたまち」として、文化庁から日本遺産として認定された岡山県。桃太郎誕生の地として、圧倒的地位を確立しているといえる。
それにあやかり、様々な名物、特産品を生み出している。
例えば、黍(きび)団子を吉備団子と名付け、吉備国と呼ばれた岡山県の土産として売り出した。
また、岡山―総社を結ぶ吉備線は通称「桃太郎線」と呼ばれ、桃太郎と犬とキジと猿、そして鬼が描かれたラッピング列車は、多くの人に親しまれている。
岡山における桃太郎には、伝説のモデルがいる。
岡山県岡山市にある吉備津神社にまつられ、古事記に登場する神話上の人物,吉備津彦命(きびつひこのみこと)だ。
第7代天皇・孝霊天皇の息子、吉備津彦命は紀元前3世紀頃、吉備(今の岡山県)を支配し人々を苦しめていた温羅(おんら/うら)を討ち、吉備の支配者になったという伝説がある。この温羅が拠点としさまざまな悪事を働いた城を、人々は恐怖の意味を込めて「鬼の城(きのじょう〕」と呼んだという。
現在でも岡山県では鬼の城跡を見ることができる。
愛知県では桃太郎が仁王立ち
誰がどう見てもこの写真を見れば桃太郎だと気づくだろう。
神聖な場所である神社、しかも鳥居の前で、この裸体をさらして神々はお怒りにならないのだろうか。
いや、ここでは許される。
なんと桃太郎は、桃の実から現れた大神実命であると伝えられ、御祭神となっているからだ。
つまり、桃太郎が神様というわけだ。境内にはカラフルに彩色された、桃太郎伝説関連のコンクリート彫刻が約20体も展示されているという。神様を前面に打ち出すにしても、打ち出しすぎではないのか……。
神社が位置する愛知県犬山市の木曽川沿岸に桃太郎誕生地伝説があり、神社奥の「桃山」は桃太郎が最後に姿を隠した所と伝えられ、太古からこの山はご神体として地域信仰の対象になってきた。
ご利益として、「子授かり・安産・こどもの発育・災除け・長寿(長命桃くぐり)・七五三詣り」がうたわれるのも、もっともである。
しかし、由来には上記の岡山ほどの歴史はなく、桃太郎伝説が発見されたのは昭和初年。祠が桃太郎をまつってある社だったこと、付近に物語に符合する地名、遺物があることが分かり、昭和5年に「桃太郎神社」になったという。
山梨では「川で拾った説」、青森では「タンスから出てきた」説
山梨県大月市の伝説は伝説にも関わらず、桃太郎誕生の瞬間がバラバラ。その断定させない自由な雰囲気が、興味を誘い、想像力をかき立てられる。
山梨県立図書館の調べによると、桃から生まれた説、若返ったおじいさん、おばあさんから生まれた説、そして極めつけは「川で拾った」説である。
http://www.lib.pref.yamanashi.jp/cgi-bin/refjirei/refs.cgi?c=yamanashi&n=39
川でさらっと拾われる当たり、感慨深さがないとも言えるが、現実的には瀕死に近い状態であろう子が、鬼退治に出かけるまでに成長するのは、“小さ子”の奮闘記としては涙をそそるかもしれない。
誕生シーンについては、前述の柳田國男の「桃太郎の誕生」によると、出羽の庄内では、川から流れてきた桃を神棚に上げておいたらオギャー。
青森では、「青森の津軽口碑集」(内田邦彦 郷土研究社 昭和4年)では、川から流れてきた桃の入った“ハコ”をタンスにしまっておいたら生まれたなど、ちょっとした違いが見られ、それもまた趣深い。
タンスの中の桃から生まれた桃太郎は、川から流れてくるという設定よりも現実味を帯びていて、もしかしたら自分の家のタンスからも何かが誕生するのではないかと、一種の恐怖さえ感じる。
伝説は進化し続ける
桃太郎伝説はこのように時代・地域に即して、様々な趣向が凝らされ、多くの日本人に長い間楽しまれ、慕われてきた。
2017年には、昔話に出てくる登場人物が一人称で物語を語るという「1人称童話シリーズ」が出版され、その1作目を桃太郎が飾った。
「ぼくは鬼がこわいと思いました」と桃太郎が発言するなど、新感覚の本となっている。
http://koryosha.co.jp/menu/932/
伝説は進化し続けている。進化してこそ愛される。
スペイン風邪が大流行した100年前、米国では手袋の着用がエチケット、ベールがファッションの一部であった時代。疫病対策として推奨されていた分厚いベールは今、フェイスシールドに進化している。
新型コロナウイルス感染拡大が始まって時間が経過した今、マスクも以前よりも機能性が上がり、デザイン性も重視されている。
今回のコロナ禍は一過性のものであってほしいが、もしそうでないならば、疫病対策も長期にわたって、ファッションへの落とし込みができるものでありたいと思う。
ほら、昔の妖怪アマビエも、現代のアーティスティックなアマビエも魅力的なことよ。
(終わり=mimiyori編集部 五島由紀子)