【オールスポーツ】ラグビー=W杯準々決勝出場国 アイルランドの横顔~大スターが今大会で引退

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今大会で引退を表明したMr.アイルランド代表のローリー・ベスト主将。最後の大会を迎えている(写真:AFP/アフロ)

ラグビーのワールドカップは2019年10月19日から決勝トーナメントを迎える。
日本代表の活躍で盛り上がる中、各国にも個性豊かな面々がそろっている。日本代表の史上初8強進出で歴史に残る今大会、各国代表で記憶に残したい選手をピックアップする。
まずは、日本代表と予選プールAで激闘を繰り広げた当時世界2位・アイルランドについて。

 
 
 

ローリー・ベスト:今大会で現役引退 アイルランド主将

07年から4大会連続4度目の出場の37歳。アイルランド代表主将を務めたローリー・ベストは今大会での現役引退を表明している。
16年11月26日にアイルランド史上5人目の代表100キャップを達成した名選手だ。
実兄サイモンも元アイルランド代表主将で、元アルスター主将。ローリーの代表デビュー戦となった05年11月12日ニュージーランド戦では一緒に文字通りスクラムを組んだ。

14年間にわたって代表を務めたキャプテンシーはメディアで「世界におけるパーフェクト」と絶賛されてきた。いわば、Mr.アイルランドとして今大会に臨んでいる。

19年9月7日ウェールズ戦は本国ラストゲームで、場所は代表デビュー戦と同じランズダウン・ロードにあるアビバ・スタジアム。試合後は大歓声の中、笑顔で涙をこらえてインタビューに応じ「感情的にならないようにと自分に言い聞かせたが、これまでの年月は本当に特別なものだった」。

実家は農家。3児の父で、19年夏から、会社と提携して子ども用の運動器具の監修を行っている。

キアン・ヒーリー:多芸多才な“所ジョージ”型選手

3大会3度目の出場という代表に欠かせないPRでありつつ、キアン・ヒーリーはとても器用で凝り性の一面を持っている。
自分で料理を作ることもあり、得意料理は「ベイクドサーモンと温野菜」だ。絵も得意で仲間たちの似顔絵を描く。

凝り性が発揮された分野は、なんといっても包丁づくり。
17年代表戦で来日した際、日本の包丁職人の技に感動し、帰国してから刃物作りを始めた。
焼き入れ、研ぎなど本格的に着手し、ついにはフェイスガードをつけて本格的にのめり込んで19年1月、ついに包丁セット(肉切りから果物用まで)を完成させた。

さらに、今大会来日前の19年夏は包丁だけでなく、ボトルオープナーをつくるなど、鋳物の腕を上げていた。
大会中に31歳の誕生日を迎えたが、次回大会に出場することがあれば、さらにコレクションが増えているに違いない。

 
 
 

クリス・ファレル:規格外の大食漢

アスリートは食事面で節制するもの。近年はその風潮が高まっているが、身長195センチ、体重105キロのクリス・ファレルは大食漢で有名だ。

海外メディア「SPORTS JOE」に掲載された、ある日の食事例は下記の通り。

【朝食】
卵5個とパン&鮭150グラム、夜に仕込んだスムージー500ml

【11時におやつ】
シリアル、ハム、果物、ヨーグルト、おかしなど

【昼食】
野菜中心。クラブで用意されるため不満。

【16時頃のおやつ】
おかし。時にはステーキ。

【夕食】
ステーキ2キロなど。

栄養バランスは節制しているように見えるが、おやつがステーキという価値基準が大食漢たるゆえんだ。
彼の素晴らしい点は、自分で調理していること。
おやつ用のステーキは2キロの肉塊を購入して仕込み。ほかの食事に使用するラムの脚、豚の肩ロースについては2日分を仕込み。なかなかマメな選手だ。

最近は鶏肉、魚を食べようと心がけているが、魚の場合は自分が食べる大量の魚を仕込むことが難しいため、実現が難しいという。

今大会は初出場。元U20アイルランド代表で、欧州メディアでは14年当時に「ヤング・スター」と呼ばれ、17年には「宝石」と代名詞が出世魚のように進化している。

26歳だけに、もう一度次回大会で見ることができるかもしれない。

 
 
 

ジョー・シュミットHCは今大会を最後に代表勇退

13年春に就任したジョー・シュミットHCは今大会を最後に、代表監督を退任する方針を示していた。
ニュージーランド出身だが、プロ経験はない。現役時代は地域レベルのアマチュアラグビー選手でWTBを務め、英語教師として働きながら、90年代からNZ国内の中学、高校でラグビーを指導していた。
複数の地方クラブを指導した後の04年にブルーズのアシスタントコーチに抜てきされると、海外での指導遍歴が始まった。
07~10年はフランスTOP14のクレルモンのBKコーチ。10-11季からレンスターを率いると、11、12年に2年連続で欧州タイトルを獲得した。
13年春にアイルランド代表ヘッドコーチに就任し、14、15年にシックスネイションズ(欧州6カ国対抗)を連覇。18年には同大会でグランドスラム(全勝優勝)を達成するなど、元高校の指導者が、世界レベルで目覚ましい手腕を発揮した。
16年には初めて南ア代表から勝利を挙げ、19年9月には初めて世界ランク1位となり「アイルランドラグビーを変えた男」と地元メディアに称されている。

15年にアイルランド市民権を取得。家族はケリー夫人と4児。19年W杯を最後に「家族と過ごしたい」として代表HCを退任する予定だ。

(mimiyori 編集部)