【野球コラム】ルーツをひもとく~野球と南北戦争の意外な関係とは?

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南北戦争中、野球だけではなく、カードゲームに興じる兵隊の姿も見られた (出典:The Metropolitan Museum of Art "[Playing Cards, Winter Quarters]. Brady album, p. 129 1861–65")

いよいよ2月1日、プロ野球は12球団がそろってキャンプインを迎える。ファンにとっては待ちに待った球春到来だ。

日本国内でも絶大な人気を誇る野球のルーツは、意外にも米国・南北戦争にあった? ルールからユニホームの歴史まで、その起源をひもといた。

 

 

 

起源はイギリスからの”輸入“

野球の起源は英国の球技にあるという。

18世紀に英国で行われていた子ども遊び「ラウンダーズ」。バットを持った攻撃側と打者に向かって下から投げる守備側の2チームで競うもので、移民により米国に持ち込まれ、発展したものが野球になったとの説が有力とされている。

また、米国現代野球のスタイルは1839年、ニューヨーク近郊のクーパーズタウンという街で、アブナー・ダブルデー氏がグラウンドにダイヤモンドの形を描いたことから始まったとする説もある。

現在、クーパーズタウンには野球殿堂博物館があり、殿堂入りした人物に関する道具、情報が所蔵されている。米国人にとって、クーパーズタウンは野球の聖地であり、ダブルデー氏はいわば野球の神様的な存在だ。

一方、ルールについては1845年、世界初の野球チーム「ニューヨーク・ニッカボッカーズ」がアレクサンダー・カートライト氏によって結成されたことで、現代野球の原型となる規則がつくられたとされる。1876年に現在のメジャーリーグの原型となるナショナルリーグが発足した。

 

人気の火付け役は南北戦争

野球が大流行した背景には、意外な歴史的な出来事が関係していたようだ。

米国で野球が広まった理由の1つに、南北戦争(1861~65年)が挙げられる。1861~62年の間に何十万人もの兵士が軍に入隊。死と隣り合わせである戦いに備えて訓練する兵士には気分転換が必要だったため、南北両軍ともに当時、比較的新しいスポーツだった野球を行うようになった。

週刊スポーツ紙「The New York Clipper」の記事によると、野球には精神と健康の両面で効果があり、単調な基地生活の苦痛を軽減するとして、基地内での野球を奨励。また、野球を通して連隊や班の間で競争心と団結力を育むと考えられていた。

南軍の医師Dr. Julian Chisolmは、健康、身体能力などを向上するために運動を推奨した。一方、北軍を支援する民間団体も野球を認定娯楽にするなど、南北戦争が野球人気の火付け役となったという。

 

戦時中に月に31試合も開催

南北戦争期間の基地内野球は新聞で報道され、記録にも残っている。試合の大半は11月~春にかけて実施された。最盛期は63年4月、この間31試合が実施されたという。

Albert G. Spalding の著書「America’s National Game」によると、停戦状態下の63年にはなんと南北軍間で試合が開催されることもあった。南北戦争中は比較的安全な野営地で試合が行われていた。しかし、時に基地の外で試合を実施する“ルール破り”も発生した。

南北戦争が終わり、退役した軍人の中には、メジャーリーグの選手やマネジャーになる人物もいた。Nick Youngは米国プロ野球発展に貢献した主要人物の1人だ。1871年にチーム「ワシントン・オリンピック」のオーナー兼マネジャーに、ナショナルリーグ設立当時は秘書、1881~1903年はリーグ代表として野球界をけん引した。

 

野球では当たり前の帽子……規則にはない

現在、野球チームは選手全員がおそろいのユニホームや帽子を着用することが常だ。しかし、公式規則には帽子に関する記載が一切ない。

2018年度版MLB公式規則3.03項には「「同一チームの各プレーヤーは、同色、同形、同意匠のユニホームを着用しーー」とある。さらに、3.08項にはヘルメットの着用を義務付け。日本プロ野球の公式規則も、基本的にMLB公式規則を翻訳したものであり、同様の内容となる。

前述の「ニューヨーク・ニッカボッカーズ」が1845年に作成したルールブックには、競技自体のルール以外に「時間厳守」などの項目があるが、ユニホームや帽子に関する規則は見当たらない。

 

 

過去には麦わら帽子も~現代の原型は“軍帽”

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1880年頃、軍帽の名残を残す野球帽で野球をしていた(出典:The Metropolitan Museum of Art "Charles Comiskey, Baseball Player, from World's Champions, Series 1 (N28) for Allen & Ginter Cigarettes 1887")

1849年4月24日、「ニューヨーク・ニッカボッカーズ」が公式野球帽を初めて導入したといわれている。現在の帽子とは異なり、麦わら帽子だった。

さまざまなスタイルの帽子が現われ始めた時期は1860年代だ。現代に通じるスタイルの帽子は「Peck&Snyder」というメーカーが製造し、「No.1」という名で広く認知されていた。

南北戦争後には軍帽に似た「キャスケット型」が登場。「ブルックリン・エクセルシアーズ」が軍帽と騎手の帽子を折衷した新型を編み出し、これがいわゆるベースボールキャップの原型となっている。「キャスケット型」の他にも、円筒型の「ピルボックス型」も存在していた。しかし、19世紀末にはキャスケット型が主流になり、現在のいわゆる「野球帽」へ進化していった。


野球では帽子だけでなく、わざわざベルトを通したユニホームを着用し、しかも試合中に選手だけでなく監督やコーチ着用することも特殊性の一つだろう。これも、南北戦争時に行われていた野球の名残といわれている。

起源をたどっていくと、ルール、ユニホーム、そして流行に至るまで、野球と南北戦争には密接な関係があったことがうかがえる。
(mimiyori編集部)

 

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