【パラQ&A】パラリンピックとは① パラリンピックの歴史

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写真:Press Association/アフロ

20年8月25日に開幕する東京パラリンピック開催まで1年を切った。オリンピック競技は知っているけれど、パラリンピック競技はよく分からない……という人も多いかもしれない。
この連載「パラQ&A」は各競技について、見どころをクイズ形式で出題する。
今回はパラリンピック大会そのものについて出題。「そもそもパラリンピックっていつ始まった?」「なぜパラリンピックは開かれるようになった?」など、意外と知らないパラリンピックの歴史を中心に紹介する。

 

Q.パラリンピックの原点となった競技は?

  1. ①車いすバスケットボール
  2. ②アーチェリー
  3. ③ゴールボール

 

2②アーチェリー

1948年に行われた英国退役軍人によるアーチェリー大会が起源になっている。ロンドン郊外にあったストーク・マンデビル病院内で16名(男子14名・女子2名)の英国退役軍人の車いす患者によるアーチェリー大会が開かれた。これがパラリンピックの原点となった。国際的な障がい者のスポーツ大会は、1924年にフランス・パリで開かれた第1回国際ろう者スポーツ競技大会(現デフリンピック)が最初とされるが、現在のパラリンピックへと発展した原点は、第二次世界大戦(1939~45年)後のことだった。大会は毎年開かれ、国際競技会(ストーク・マンデビル大会)へ発展。1960年、五輪が開催されたローマで国際ストーク・マンデビル大会が開かれた(23か国・400名が参加)。ローマ大会は、IPC設立後に第1回パラリンピックと位置づけられている。

 

Q.パラリンピックの父と呼ばれている人物は?

  1. ①英国の医師 ルードヴィヒ・グットマン卿
  2. ②フランス人の五輪マーク考案者 ピエール・ド・クーベルタン男爵
  3. ③日本人医師 中村裕医師

 

1①英国の医師 ルードヴィヒ・グットマン卿

パラリンピックの原点には「スポーツ治療」があった。1944年、英国のチャーチル首相らは、戦況の激化から脊髄損傷になる兵士が急増することを見越して、ロンドン郊外にあったストーク・マンデビル病院内に脊髄損傷科を開設(53年に国立脊髄損傷センターと改名)。初代科長には、39年にナチスのユダヤ人排斥運動により亡命した医師ルードウィッヒ・グットマン卿(Sir Ludwing Guttmann)が任命された。グットマン卿は、治療にスポーツを取り入れ、パンチボール訓練、車いすによるポロやバスケットボール、卓球などを導入。パラリンピックの原点となったアーチェリー大会は、グットマン卿が初代課長を務めたストーク・マンデビル病院で開催された。グットマン卿は、当時すでに「将来的にこの大会が真の国際大会となり、障がいを持った選手たちのためのオリンピックと同等な大会になるように」という展望を語っている。その後の大会の発展については1問目で紹介した通り。

ちなみに…
2.ピエール・ド・クーベルタン男爵は近代オリンピックの父。
3.中村裕医師は日本におけるパラリンピックの父。60年代にグットマン卿に師事。1964年東京パラリンピックの開催、現在のアジアパラの前身となる国際大会「フェスピック大会」開催に尽力。

 

Q.初のパラリンピックで行われた8競技に入っていないものは?

  1. ①水泳
  2. ②卓球
  3. ③ボッチャ

 

3③ボッチャ

1960年にローマで行われた初めてのパラリンピックでは、車いすバスケットボール、陸上競技、アーチェリー、車いすフェンシング、水泳、卓球、スヌーカー、ダーチェリー(Dartchery)の8競技が行われた。ボッチャは、84年のニューヨーク・エイルズベリー大会で初めて公開され、88年のソウル大会から正式競技となった。

現在は行われていない競技
スヌーカー:ビリヤードの一種で、英国で人気の頭脳派スポーツ。
ダーチェリー:アーチェリーより的への距離が近く、ダーツのような的を洋弓で射て得点を競った。

 

Q.パラリンピックの「パラ」の語源は?

  1. ①パラダイス(paradise)
  2. ②パレード(parade)
  3. ③パラプレジア(paraplegia)

 

3③パラプレジア(paraplegia)

パラリンピックは、「Paraplegia(下半身不随)」と「Olympic(オリンピック)」を合わせた造語。当初は、車いすを使った競技が対象だったことから、「対麻痺の、半身不随の」という意味のParaplegicとオリンピックの造語として生まれた。1964年東京から使用されたとされ、発案者は日本の新聞記者という説もある。競技者数が増えて出場を許可される障がいの枠が広がると、「もう1つのオリンピック」との認識が高まり、正式に「Paralympics」と名乗ることに同意した。

 

Q.パラリンピックのシンボルマークに採用されている色は3色。赤、緑、もう1色は?

  1. ①黄
  2. ②青
  3. ③黒

 

2②青

赤、青、緑の3色は、世界の国旗で最も多く使用されている色ということで選ばれた。人間の最も大切な3つのもの「心(spirit)=赤」「肉体(body)=青」「魂(mind)=緑」を表現。また、「世界中のあらゆる選手が競技できるようにすること」「選手の前向きで諦めない姿が興奮と感動を与えること」などの意味も込められている。シンボルマークは「スリーアギトス」と呼ばれ、困難なことがあってもあきらめずに、限界に挑戦し続けるパラリンピアンを表現している。

実は、現在のシンボルマークは3代目。2003年に作られ、04年アテネから登場。初代のシンボルマークは88年ソウルで登場し、赤、緑、青、黄、黒の5色。94年リレハンメル冬季大会から採用された2代目から3色に変更され、赤、緑、紫を採用。